もういい、帰れ! と怒鳴られるの〜巻。
先方さんの要望で、予定の盆休みを一日だけ返上して派遣先の現場へ。
連休のための片づけと、その休日明けのための重機類の盛り替え・段取りに立ち会う。
相番というやつですな。
この現場では事務員としての契約なので、この日は相番以外にこれといってやることもない。
してもいけない。
んが、
この日は所長が外に出る用事があるらしくその間「よろしくな」とのことだった。
あたしゃすでに有給の申請をあげていたので、それを返上しての出勤になってしまったのだが、礼のひとつも侘びのカケラもなかったことに引っ掛かったのは、あたくし持ち前の傲慢さであろうか。
断わっておくが、あたしゃ所長の弟子でも舎弟でもないし、所属会社も違うから部下でもない。
先方はあたしにとって客ではあるが、むろんその意味で敬いはするが、突如前日になっての休日出勤要請なのだから、せめて「すまんな」のひと言くらいは貰えんだろうかと、せつに思ってしまったのだ。
うむ。
まあいいさ。
ともかくも、外出がなんのためかはついぞ知らされず。
珍しく作業着からクールビズ姿に着替えていくところを見ると、この業界に間々あるパターンかもしれないと勘ぐった次第で。
つまり、中抜け、あるいは早上がりしての『お風呂』である。
この場合、お風呂に行くためにまずお風呂に入るという流れも、半ば慣例化しているものであり。
かつての現場でも派遣という立場上、あたしゃそれを勘付きつつハニワのような笑顔で見送ったものであーる。
いそいそと現場を切り上げて、シャワー浴び、なぜかしらおめかしして血色のいい顔でにやにやしてる。
ああいうのってよく『女の勘』とかいうやつで奥さんにはわかる、というけれど、違いますな。
当事者ではない、という。部外者だからこそ、なのですな。
バレバレです。
ともかくも彼は、この日珍しくあたしに宿題を押しつけていくのだった。
盛り替えのために外してかたしてあったキャスター付きのパネルゲートを、また設置しなおしておいてくれとのこと。
これですな。
写真は両開きタイプですが、うちの現場ではこれの片開きタイプ。
ゲート幅から考えて、3600mmか4500mmのものだろう。
なんせあたしゃここでは事務員ですから、ラチェットひとつ与えられていない。
安全帯もない。
それ以前にこれ、カタログで見るに重さ100キロはあるのね。
両サイドに1.5の単管を抱かせて固定用のクランプもつけてあるから、あたしにしてみれば相当なものです。
しかもこれ、現場の老ガードマンにも命じていたのだな、彼は。
この現場についている警備会社は、その隊員のほとんどを定年退職後のお方たちばかりで占めているわけで。
見るからにおじいちゃんだ。
この日のガードマンも70歳はゆうに超しており、聞けば重い物など持ったことが無い半生だというのに、命じるのだ。彼ってば。
100キロのゲートをつけとけ、と。
ラチェットは仮設の休憩所にあるから、と。
やがて現場の盛り替えが済んだころ、所長も戻ってはきたのだが、なぜだろう、作業着姿に戻ろうとしない。
つまり、手伝うつもりはないらしい。
なので、ともかくもあたしゃ挑戦してみることにしたのだ。
念を押しておくが、事務員としての契約なので、道具ひとつ手にするのもアウトなのであーる。
それでもまあ、彼ら本業からすれば、ゲートを取りつけるくらい「作業のうちにはいらない」という感覚なのだろうと、この瞬間はあきらめている。
ちなみにかつてこき使われたシールド現場では、注入のあとのボールバルブが二十数個破損し、そこから水が出ていたので、すべて一人でキャップに取り換えたことがある。足場の上、アングルで狭くなったセグメントの中に二インチのパイレンを突っ込んで、溶けかけの注入剤に濡れながらの作業。手にアルカリ火傷もした。しかしその時も先方は「そんなの作業とは呼べない」と吐き捨てたものであーる。
話を戻す。
さて閉じられて、外されて、設置場所から遠く離れた所に横倒しにされたキャスター付きのパネルゲート。
抱え上げてみようとすると、案の定である。持ちあがらない。
所長の視線に怯えたガードマンがおどおどと手伝おうとするが、それは頑なに拒んでおいた。
ガードマンにとってもゲートの設置という明らかな『作業』は、契約外なのである。
付帯業務というやつで、やっちゃいけないことであるし、せいぜいがゲートまわりの掃除や水撒き、カラーコーンの設置が、当人の判断と個人の責任において目をつぶられているくらいだ。
つまりガードマンがやることではないのね。
やっちゃいけないの。
やらせてもいけない。
ぎっくり腰、指の挟みの恐れがあるのはむろんのこと、素人仕事のせいで設置に不備が生じれば、それが事故のもとになることだって大いにあるわけだもの。
それをどう注文者に説明するのよ?
ガードマンがゲートを設置したから事故になりました、って?
なんでガードマンにやらせたの、となりますまいか。
なので一人で格闘していたところ、遠くから見ていた所長が歩み寄ってきてハッパを掛けるではないか。
「なんだよ。それくらい持ちあげられねえのかよ。これ外すとき、ひとりで担いでたぞっ」
嘘である。
取りつけのとき、クランプを固定する間、職人は若い子にゲートを抑えさせていた。
それでも既設物が邪魔になる状況だったので、あたしもゲート支えを手伝った。
二人組で取り外していたのだから、わざわざ一人で担ぐアホなことはしないだろう。
付属のキャスターを生かせば、あるいは一人でも運べたかもしれない。
それは分かったのだが、あたしの力では危険だと判断した。
うまく設置予定場所まで運べたとしても、それを支えながらクランプを当てがってラチェットを使うだなんて。
すると、しびれを切らした所長、
「どけっ」
ガードマンを押しのけてゲートの一方に手を掛けたのである。
ふんっ、と力をこめるが、上がらない。
もう一方を抱えたあたしの高さまでも、はるかにおよばない。
そして、冒頭のひと声だ。
「もういいっ、帰れ」
そこに置きっぱなしにしとけ。
と立ち去ったのである。
へええ、切れちゃうんだ。と呆れるあたくし。
ははっ。
思わず笑ってしまっていた。
老ガードマンは至極怯えていたが「大丈夫。こんなのを素人にやらせる方がおかしいよ」とフォロー。
くり返すが、ガードマンがやる仕事じゃない。
彼に落ち度はひとつもない。
客だからって、なんでもかんでもやってやる必要はないのだ。
そっちが切れたなら、あとは簡単だ。
相手の、度の過ぎた程度の低さは無視してやるのが優しさというものだろう。
醜態は見なかったことにして、
ひきつづきゲートの移動に挑戦する闇生だ。
しかし、無理。
腰をいわせてまで頑張る義理もない。
ヤケになって鉄板の上を引きずりはじめると、あわてて所長が駆け戻ってきてた。
「やめろ! やめろ!」
引きずられちゃたまんねえよ。
そこに置いて帰れ、とのこと。
要はリース品だからなのだろう。
まあいい。
ガードマンを「定時終了」ということで帰してやる。
翌日からお盆休みである。
なのであたしはゆっくりと、じっくりと現場の囲いを点検してまわった。
一周してくると、またしても遠くから所長が『×』の合図。しつけえ。終了の意である。
おそらくゲートの取りつけは、連休明けの段取りをして残っている職人さんたちに頼むのに違いなかった。
さすがに生まれて初めてだ。途中で「帰れ」と言われたのは。
しかも、思い当たる事がひとつもないので、反省すらできない。
あまりにくだらない。
休日返上とかね、残業とかね、
休日の前日とか、昼休憩直前とか、
事故ってそういうときにおこるのよ。なぜか。
なんでこの日に限ってこんなことやらせようとするかねと。
しかも彼の狙いは、自分の留守の間に設置完了させておくことだった。
これも不思議でしょ?
責任者不在の間に、ド素人に重量物の作業をまかせるって。
盆ボケかね。
↓
新聞なんか読まねえんだろうな。
↓
労災事故死 安全託せる人材の育成を
2014.8.13 03:20 産経新聞。
☾☀闇生☆☽