以下、食事中の方は退散されたし。
トイレ休憩に立ち寄った公園のトイレでのこと。
そこは男女の区分けが無く、また大、小にも分かれていない。
和式がたったひとつだ。
ちっぽけな児童公園に辛うじて設けられた、それはもうボックスといっていいようなお便所である。
その界隈には他にトイレがなく、
またコンビニからも離れていて、
なおかつなぜかしら工事が重なってしまい、休憩時ともなれば順番を待つ作業員やガードマンの姿がよく見うけられる。
んで、
そのときもあたしゃ順番を待っていたわけ。
悲劇の現場は、そんな密室なのであった。
あたしの前の人がノックする。
するとノックが返ってくる。
しかもちょっと強い。
ドアの外には、脱ぎ置かれた蛍光チョッキと誘導灯。
ははん。別現場のガードマンだなと。
がさがさと身支度を整えるらしき物音がして。
そのガードマンの現場の主任さんらしき人が、怒りもあらわに彼の帰還を待っているのが遠くに見えた。
ったく、はやくしろよ。との心の声が顔にみなぎっている。
「ガードマンも大変だねえ」
間を持たそうと、作業員さんとの世間話。ひと言、ふた言。
しばらくすると、中に居たガードマンが出てきた。
三、四十代か。
入れ替わりに先に待っていた作業員さんが、そそくさと入ってゆく。
しかし出てきたガードマンの様子がどーにもおかしい。
手洗い場までわずか三歩ばかりの距離なのに、フランケンシュタインのように、進んでいくではないか。
視点はうつろで。
けれど、ふと順番を待つあたしの存在に気付くのだが、眼は合わせず、泳がせているばかり。
そのまま蛇口をひねり、
そのひねった右手だけを右手のにぎにぎだけで洗いはじめた。
それがまた執拗でスローモー。
しかしあまり気にも留めずあたしの番が来て個室に入ったのだが。
途端に、滅入った。
内側のドアノブにべっちりと、うんこである。
四方の壁にも、飛び散っている。
はっと、にぎにぎ洗いが脳裏をかすめる。
不覚にも彼、これに触れてしまったのだね、と解釈す。
公衆トイレの『あるある』である。
いや、断じてあってはならないのだが、あのデンジャーゾーンのことだ。あってもおかしくない事態であることは察することができた。
しかしあたしにはまだ真相を正しく把握できていなかったのだな。
ともかくもほうほうの態でそこは退散と。
腫れもののなかを歩むがごとくに回れ右、ドアを蹴って外へ出た。
ふりかえると手洗い場にはまだ彼の姿だ。
彼は手を洗い続けていて、
いまやっと左手に取り掛かろうとしたところなのだが、その左手には赤いチェックの布の固まりが握られており。
そして、辺りは強烈に臭っているではないの。
おや? と。
そして彼は手許をあたしの視線からかばうように、背を向けたのである。
と、その背中の惨状にあたしゃ自分の眼を疑った。
どういう展開でそうなったのかは皆目わからんが、少なくとも修羅場であったろうことは物語っている、その背中。
象さんのお絵かきのような筆跡で、ひっ付いていたのだ。
ブツが。
中から染みだしているのではなく、
どういうわけか外側から、塗ったくられたようにである。
嗚呼。
犯人は、お前かいっ、と。
思わず「了解」と。
よくわからんが、了解と。
男の背中に目礼す。
今にして思えば、握られていた赤のチェックはトランクスなのだ。彼の。
かける言葉もなく、自分の持ち場への帰り道、彼の現場を遠く望んだ。
路面改良であろうか。
規制帯で車線をひとつつぶした片交である。
主任さんだか職長が、いらいらと彼の戻りを待って公園の方を睨んでいるのが見える。
恐らくは、交代要員を用意してもらえなかったのだろう。
お人よしをこじらせて、己の極限を超えんとしたのだろう。
ある意味、超えたのだろう。
して、このあとどうするのだろう。
どうなるのだろう。
背中の事態くらい、言ってあげるべきだったか。
あのまま知らずに現場に駆け戻っていくのだろうか。
帰りの電車は、どうするのだろうか。
妻子は、あるのだろうか。
あのガードマンに、幸あれ。
☾☀闇生☆☽