壁の言の葉

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『新 楊家将 血涙』ネタバレ感想。

血涙


 北方謙三著『新 楊家将 血涙 下』PHP文庫 読了。


 『三国志』『水滸伝』と併せて中国三大奇書とされるのが『楊家将』。
 本作は北方版『楊家将』の続編にあたる。
 時代は十世紀末の中国。
 万里の長城の南、のちに満州と呼ばれる地帯「燕雲十六州」をめぐって繰り広げられる二国の壮絶な戦を描く。
 北は徴兵制を敷く遊牧の軍事国家、遼。
 対する南は文官が幅を利かせる文治の国、宋。
 耕作地に恵まれない酷寒の遼は、豊かさを求めて宋を攻め。
 宋は奪われた土地「燕雲十六州」の奪還を先帝からの悲願としていた。
 宋に属し、味方の裏切りによって壮絶な戦死を遂げた楊家の長、楊業。
 その息子たちの多くも戦死を遂げ、あるいは消息を絶っている。
 生き残ったのは六郎、七郎、八娘、九妹。
 戦後、六郎と七郎は楊家の再興をかけて自軍の強化を密かに進めていた。
 しかしやはり次第に宋の政略にとりこまれてしまうことに。
 父の仇『白き狼』の異名を持つ天才耶律休哥ひきいる騎兵団に対抗できるのは、楊家のほかになかったのである。
 六郎率いる楊家軍は宋の一軍として遼との戦いに挑むことになるのだが、仇敵耶律休哥のもとには新たな強敵、石幻果を名乗る謎の将軍が現われる。
 国に翻弄され、そしてそこに殉じた漢たち。その慟哭の運命。
 のちに水滸伝で活躍する青面獣楊志
 彼に受け継がれる一族の宝刀『吹毛剣』の由来がここに。

 


 ●以下、簡潔にネタバレ。














 
 ここでの戦の収拾の付け方をみるに、明らかに作者の念頭には大東亜戦争があったと思われる。
 日本人が戦争を描く以上は、そうあって当然だし、そうあるべきでもあるのだが……。
 戦闘ではなく、政治的に決着できるのであれば、なぜ初めからそうしなかったという批判があの戦争にはついてまわるもので。
 端的にいえば「負ける戦争をなぜした」というあれね。
 結果論からのやっつけ。
 けれど仮に抵抗もせず白旗を振っていたならば、戦後の繁栄はなかっただろうことは容易に想像ができるわけで。
 激烈で、壮絶な徹底的抵抗があったからこそ「日本に限っては」占領政策があの程度で済んだのだろうと。
 こいつらマジでやべえ、と同化政策や植民地化からは距離を置いたのだろうと。
 つまり戦闘では負けたが、その負けを覚悟した抵抗ぶりを背景に長期的・政治的には負けなかった。
 戦没者は犬死にならなかった。
 それで国際的にも一目置かれることになったと。
 復活の粘り腰もふくめて。
 ここでいう「国際」とはご近所の、言論に窮屈な二カ国だけではなく、もっと時間的・地理的に視野を広げて見る本当の国際ね。
 



 政治は多かれ少なかれ軍事力を含めた国力を後ろ盾に存在するものなのでしょう。
 んが、いつの時代でも問題はそのバランスなのですな。
 絶妙です。




 などと、頭の隅においていても充分観賞に耐える逸品。
 冗長さを嫌った紋切調の文体が、読みやすいテンポをうながしてくる。
 けれど単調な語尾。とりわけ「なのである」の連呼に、辟易することもあり。






 ☾☀闇生☆☽