四時台のJ-waveジョニ・ミッチェルの「グッドバイ・ポークパイハット」が流れる。
 怒れるベーシスト、チャーリー・ミンガスをトリビュートした傑作アルバム『ミンガス』からのヴァージョンで。 別名「テーマ・フォー・レスター・ヤング」ともいう。
 未明に響くジャコのペースは、格別です。
 外は風が唸っています。
 せっかく咲いた桜には酷でしょうが。頑張ってください。


 松尾スズキ作・演出の『マシーン日記』の再演を観て来た。
 東京芸術劇場。シアターイースト。
 出演、鈴木杏少路勇介、オクイユージ、峯村リエ


 んが、
 感想を書きあぐねている。
 というか、あれだけ笑ったし、満足もしたのだが、鑑賞後の余韻が少ない。
 なぜだろう。
 血気盛んな三十代に書きあげた特濃なものを五十代になって再演するという、その距離感なのか。
 結論をいえば、やはり松尾自身が出演していた初演版が観てみたかった。
 それを言っちゃおしめーだが。
 松尾の書くセリフって、どーしよーもなく松尾の言葉でしょ。
 あれを自分のものとして吐きだすのって、そーとーなギアチェンジが必要なはずで。
 もう車の乗り換えが必要なほどで。
 今回の出演者たちもそーとー健闘してはいるのだが、
 松尾が演じればその上になるのだろうなあ、と頭をよぎってしまう。


 鴻上尚史古今東西の芝居の名セリフを紹介する『名セリフ』のなかに、もちろん松尾の作品は取り上げられており、それがこの『マシーン日記』からのものなのだが。
 読み返すと、
 この鴻上の解説で、言い切ってしまっているような気がする。
 観劇を迷っているひとは、これを立ち読みしてから考えてください。
 非常に分かりやすいっす。
 ネタバレにはちがいありませんが、そもそもが『再演』ですからね。
 これは初演版の戯曲の解説であって、今回の再演にあたっては時代に適うようヴァージョン・アップがいたるところで施されてはいる。
 けれど、その核として、
 松尾が容赦なく繰り出すニンゲンの醜さ、弱さ、いやらしさ、という澱(オリ)のようなものについての鴻上の洞察が光っていた。
 曰く、時代は癒しではもうおっつかなくなってしまったのだと。
 癒しではなく、度しがたいニンゲンを赦してしまえと。それが松尾スズキのスタンスであると。
 

 落語とは業の肯定。


 とは談志の言葉だったね。
 ともかくも小ギャグの雨あられ。
 なおかつ人物が躁状態のまま突っ走るから、濃密です。ぶっ濃いです。
 鈴木杏スク水とか、クリト○ス連呼させるとか、演出家特権もつかいまくりです。
 いい奴です。
 
 

 クライマックスの切れ味がいまひとつだったからかなあ。
 余韻が少ないのは。
 ここかな。いやまだ続くの? いやここか?
 そろそろだろな。
 と幕(イキどき)を観客が探っているあの終演間際の感じ。
 だって、いっしょにイキたいじゃありませんか。
 

 月末までやっているそうです。
 芝居とは肉体を観るものだし、声を聴くものだと再認識。
 回転舞台が、あぶなっかしかった。




 峯村リエ、好演。おつかれ。
 

 ☾☀闇生☆☽