壁の言の葉

unlucky hero your key


 電車内でのケータイ通話。
 これを迷惑でありマナー違反であるとする認識は、以前よりずいぶんと浸透してはきたのだなあ。
 とは思う。
 ただこれを車内アナウンスや掲示物によってあまりに盛んに啓発したせいで、ともすればマナーというよりは厳密なルールと捉えがちで。
 そうなるとそれを非とする根拠について考えることをつい怠ってしまいがち。


 あれって、単に送話の声量に問題があるんでしょうか。


 たしかにケータイが普及し始めたころ、
 やたらでかい声で知りたくもないワタクシゴトを聞かされたものだ。
 ちなみにうちの父親なんかいまだにイエ電でもやかましいほどに声を張る。
 それはもう遠距離ほど声がでかくなる。
 がーがーいう。
 おいおい糸電話じゃないんだから。といつも思うが、仕方が無い。
 おやじたるもの、でかい声であってこそなのだと思っている。


 思ってないが。


 話を戻す。
 ところが最近は性能が良くなってきたせいか口許に手を当ててこそこそと会話ができるようになった。
 楊枝でも使うように口に手をあてて、大のおやじたちもこそこそやっている。
 ともすればオネエ言葉になっている。
 なっていないが。
 んでしかるのちに通話を切り、隣の同僚とがははと大声で話したりしている。
 ならばだ、
 ケータイでの通話は、車内で友人と小声で会話しているのと声量的には変わらないはずではないのか。
 なのにどうしてだろう。ケータイでやられると神経を逆なでられる、とまでは言わないまでも、気に障ってしまうのは。
 少なくとも気は散らされてしまう。
 状況的にはそばで独り言をぶつぶつやられるのと同じであるからして、場の中でコミュニケーションが成立していないという不自然が、それを異質に際立たせるのだろう。
 といって、独り言禁止のキャンペーンはさすがに無いね。


 あったら怖い。


 あたしゃ満員電車で飲み食いしている人に対しても同じような違和感を覚えてしまうクチ。
 いままでで最も驚愕したのが、御徒町で遭遇したディズニーランド帰りの女だ。
 これは破壊力が違った。
 桁違いだった。
 帰宅ラッシュの車内。ドアにもたれ、ミッキーマウス模様のおみやげ袋にポテトチップをダンクして、それをつまみに缶ビールぐびぐびやっていた。
 手についた塩と青海苔を、さながら立ち会い前の仕切りを繰り返す関取のごとくに、ジーパンの腰でぱんぱんっと払い落してはまたぐびりとやって「ぷはー」。車内のサラリーマンたちを睥睨していた。
 そこだけぽっかりと人が避けていて。
 うん。
 たしかにそんな酒はうまいだろう。 
 ミッキーに逢って偉くなってしまったのだろう。
 おとぎの国のミッキーに比べれば、残業帰りの塩っ垂れた大人の国のリーマンなんざ、ポテチの塩でもまいてお清め身分なのに違いない。
 ファンタジーの国からやってきたファンタジーバスターである。
 同僚はパックのハムをつまみに一杯やっていたおっさんが、人生最大の衝撃であったという。
 指についたハムの脂をスラックスで拭いていたというのだから、堂に入ったものではないか。


 であるからして、
 おそらくは公的空間を私的に利用されるその無遠慮が問題なのだろうと思う。
 俺に対して遠慮しろよ、ということだ。
 ヘッドホンの音漏れも、やかましいおしゃべりも、そういうことなのだ。
 ただケータイやヘッドホンの方が、より私的な行為の垂れ流し度が強いので、目の敵にされてしまうのではないのか。
 まあ、どちらも御免こうむりたいが。
 朝っぱらの通勤快速でおばちゃんが五人、笑い声も高々と、輪になってデパ地下攻略法をあれこれ討論していても、そりゃあ確かに不愉快だ。
 が、あきらめる。
 運が悪いと観念する。
 けどヘッドホンとケータイは、お前どうにかしろよと思ってしまう。
 いや、これはヘッドホン×1とおばちゃん×5というパーティの戦力差の問題なのかもしれない。
 マナー向上キャンペーンがつねに一個人に対してしか呼び掛けないのも、それなのかもしれない。


 車内混雑時の井戸端会議追放キャンペーンというのも、ない。
 

 でだ、
 ともかくも車内での通話は、NGであることは共通認識になりつつあるのだろうが。
 いつのまにかこれ『走行中』の通話はNGであるという解釈に変質している人、いません?
 発車を待つ車内では平然と通話していて、ベルが鳴るや「あ。もうそろそろ電車動くから」と断わって通話を切るひとをよく見かける。
 なんなんでしょ。あれは。
 閉塞状況でのワタクシゴトの垂れ流しが問題なのだから、走行中だろうが停車中だろうが関係ない。
 その意味では強烈なおっさん臭や副流煙と同じでしょ?
 虎の雄たけびのごときゲップでしょ?
 ルールとして覚えて、根拠を考えないからこういう変質がおこるのではないだろうか。
 

 似たようなことがいま自転車のマナー問題にもあって。
 原則として車道を走ることになってはいるが、これ、絶対的なルールではないよね。
 現に自転車のおまわりさんたちも歩道を走っているもの。
 都心ではほとんどの車道で道幅の問題がクリアにされていないし、それによって渋滞も起こっている。
 津久井道なんか片側一車線でトレーラーやダンプがばんばん行きかうのに、歩道通行すらままならない狭さだ。
 それでも緊張して車道を走っていると、それを追い越しきれない大型車やバスが後方に渋滞を作る。
 ぷしゅっ、ぷしゅっ、といらだち紛れに後ろから急きたてられて、歩道に逃げると今度は歩行者が立ちはだかる。
 そんなとき「追い抜くから注意してね」という意味で「ピッ」とクラクションを鳴らすドライバーがいるが、あれ、実は神経を逆なでますから。
 車内で聞く「ピッ」とは違いますから。
 生ピッは「どけどけ」です。
 けど、車の方からしたら怖いもんね。
 怖いんだ。
 お年寄りのヨレヨレ運転が。
 前後に子供を乗せたママの自転車が。
 幅、ぎりっぎりだもの。
 自転車としても左に寄せ過ぎるとL字溝にペダルをとられるわ。
 反対のL字と車道アスファルトの継ぎ目の段差にはタイヤを奪われるわ。
 排水溝の鉄柵の網目には、タイヤをスリップさせられるわ。
 街路樹ののさばった枝葉には、邪魔をされるわ。
 それでも、
 歩道にだれも人がいないのに、頑として車道をゆくチャリンコもあったりして。
 どうなんだろうか。
 その頑ななルール厳守ってば。


 どうなのよ。


 片側交互通行の工事現場などでは、自転車に歩道を通るように誘導する。
 強制はできないが、協力をお願いしている。
 とりわけ交差点付近の交互通行では、信号のタイミングを思いあわせねばならない。
 あれってリズムの問題だから、スピードの異なる自転車にあわせるとほぼ間違いなく渋滞を生むのね。
 ましてや制止を無視した自転車にそのまま逆走されることもあるので、危険であると。
 そのたびに対向車を止めたりして誘導のタイミングが狂う。
 工事中であること自体が、平常ではないのだから、回避行動として歩道を行けばよいはずなのだ。
 そこに歩行者がいるのなら、最徐行か、もしくは自転車を押せばいい。
 それを今度は「ちりんちりん」とやるから、また目の敵にされる。
 けれどこれもまた解釈の一面化が起こっていて。
 背後からの「ちりんちりん」を「どけどけ」と解釈するのがはやっている。
 むろんそういう意味合いでやってる人もあるのだろう。
 多いのだろう。
 んが、
 車のドライバーがやる「ピッ」と同じ意味合いで使っている人だっているからね。
 抜きますから「気をつけてね」とか「失礼しまーす」とか「ありがとう」という意味で。
 けどやっぱ「ちりんちりん」は煙たがられる。
 ならば歩行者としてのあたくしごとをのたまえば、
 そもそも歩道だろうが、公共施設の廊下だろうが、追い抜く人を遮るような歩行はしないけどね。
 それもまたマナーであると。
 ゆっくり歩きたいときは隅っこをゆくよ。
 サムライじゃあるまいし、真ん中を我が物顔で歩きはしない。
 並んで誰かと話しながら歩くときは、常に後ろに気を配りつつ行くか、はなから並ばないようにしている。
 なぜなら、その方が楽だから。


 あ。そうそう。
 並ぶということで、気になるのがひとつ。
 歩道のなかに設けられた自転車用レーンやサイクリングコース。
 これを友だちと横に並んで走行する人たちがいるね。
 道をふさいでいるやつら。
 むろん、すいているなら問題はない。
 そこへ対向車が一台やってくる。
 そういうとき、普通に考えれば横並びをやめて縦並びにすれば、対向車を難なくやり過ごせるはず。
 なのに、横並びのまま詰めようとする人が少なくないのよ。
 あぶねあぶね、とかやりながら横並びのまま寄せるんだ。
 男子中学生の集団とか、おしゃべりに没頭しているママさん軍団に多いのだが、これも怖いよね。
 わざわざ狭いところで追い抜こうとするやつとかも。


 こういうのもしゃっちょこばったルールにされるまえに、どうにかできねえのかな。
 制度化されなきゃだめなのかな。
 

 言われなきゃできない、ってかっこわるいじゃないですか。




 都市部での自転車の煙たがられようといったら、かつてのタバコのごとしである。
 排斥運動といってよい。
 ちりんちりんを敵視するのなら、ぷしゅっぷしゅっもピッも同様に批判すべきではないのかね。 
 エスカレータのマナーもいろいろ言われるね。
 左に寄せて立って、右を追い越しレーンにするなというやつ。
 ヨドバシカメラでは、一段に二人ずつ並んで利用するようにアナウンスしている。
 けれど、これもおかしな話で。
 見知らぬ他人と限られた空間で必要以上に接近していたくない、というごくあたりまえの感覚が暗黙にそうそせているのではないのか。
 よほどの混雑時でもないかぎり一段に二人ずつっておかしいだろ。
 きもちわるいよ。
 あたしゃ隣に立たれたら引くね。
 俺の相方かお前はと。
 一段下に立たれてもなんかいやだね。
 前が女性ならなおのこと、真横には立たないし、前後も一段は空けるね。
 できれば横も空けておきたいというもんだろう。
 すいている電車で、スマホに夢中になったまま乗り込んできた人が、なぜかあたしの真ん前や真横に立つことがある。
 なんなんだろうあれ。
 彼らはガラ空きの飲食店のカウンター席でも他人の隣に席をつくるのだろうか。
 変だわあ。
 と思う感覚だけはルール以前に大切にしておきたい。
 
 



 ☾☀闇生☆☽

 
 追記。
 現場は雨で中止。
 しかし先方さん(元請け)の連絡怠慢により、指定時刻に上番す。
 中止の連絡をしたの、しないのともめた揚句、我らがヘタレの上がおれたらしく、現地到着したにもかかわらず現場隊員は半額あつかいとなる。
 原則として指定時刻二時間前には連絡しなければならないことである。
 それもなく隊員が現地着した以上は、一日分が支払われるという決まり。
 なぜって中止連絡が規定通りに行われていたならば、ほかの現場にまわせたはずなのだ。
 あいさつすらろくに返せないあのアホちん監督。
 居丈高に責任転嫁でもしたのだろう。
 そんなアホの連鎖で末端が馬鹿をみるのだよ。