壁の言の葉

unlucky hero your key


 どうやら、
 我が忌まわしき風邪さんは、
 ひとまずは落ち着いた模様でござる。
 もう随分とまえから、あたしゃ風邪ぐらいで医者や薬にたよるのをやめていて。
 持ち前の不精がそうさせているのかもしれないのだが。
 医学にたよろうがたよるまいが、結局のところ完治までに一週間は、なんじゃかんじゃいってかかるものであり。
 ならば無駄な抵抗はやめてだな、
「どうぞご自由に」
 とばかり、風邪さんに身体をあずけてしまう。
 もお、好きにしてっ、て。
 といっても、
 不健康にするというのでは、ないのね。
 風邪さんというものは、わがままだ。
 いったんは身体の侵略を貫徹しないかぎりは出ていってくれないという、まことにもって性質の悪い連中なのであーる。
 身体も身体で、その免疫を完成せんことには風邪を出し渋るし。
 なので、解熱剤などで無理にそれをおさえこもうとすると、いつまでも長引いてしまうと。
 ならばその侵略をゆるしつつも持ちこたえて生き残るには、どうするかとゆーと。
 なんのことはない。
 消化のよい食べ物と、
 水分補給、
 それと睡眠である。


 帰宅したら雑炊作ってあふあふ汗かいて、冷えピタ貼って、氷枕で寝てしまうと。
 眠くなくとても、電気消して横になってしまうのだ。
 もてあますなら、落語なんぞ流してさ。
 笑いがつくる抵抗力にも期待しつつ、
 汗としょんべんをばんばん出して、
 どうぞ穴という穴からみなさん出ていってくださいと、祈りつつ眠る。
 夜中に起きては汗拭いて、
 下着を変えて、
 ビタミン入りスポーツドリンクを二倍に薄めたのをがぶがふ飲む。
 で、しょんべん出す。
 眠る。
 アセカク。
 ションベンダス。
 アタシネムル。


 ま、
 問題はその翌日も勤務がありましてだな。
 直前まで悩んだのだが、結局自転車で行きました。
 ええ、ええ。一時間二十分かかりましたとも。
 汗、だくだくにかきましたとも。
 予想していたので、勤務前に公園で身体を拭いて、下着を替えて挑んだのだ。
 それがよかったのか、どうだったのか、それほどだるさも無く一日を終えた。
 帰路も自転車でひーこらひーこら、ばひんばひん。
 シャワーで汗流して、
 雑炊食って冷えピタで寝ました。
 夜中にアイス二個いただいたりしーの。


 昨日も同じことを繰り返した。
 勤務自体、なんでこんなときにこんな忙しい現場なのだ、と。
 つい腐ってしまいがちなところだったのだが、
 熱がハイにさせているのか、
 開き直っちゃっているのか、
 始終、走ってましたな。あたしゃ。


 死なないでね。


 ライン引きなんてもんはね、
 作業開始に先駆けて、
 大型トラックがびゅんびゅん行き交う車道の真ん中に、職人より先に立つわけであり。
 別の現場でも違う先輩があたしに同じ言葉を掛けてくれたっけ。
 死なないでね、と。


 はい。


 と苦笑でかえして、ええい、なむさん。
 このおっさん、駆けだすほかあるまいて。
 ドライヴァーさんよ。
 たのむからケータイだのナビだのでよそ見してないで、おくれ。
 して、
 こればかりは他力本願よろしくこう祈るほかないだろう。


 轢かないでね、と。







 わざわざ風邪をおして出て、
 轢っ殺されたんじゃあ、かなわんて。


 ☾☀闇生☆☽


 追記。
 鍵っ子だったあたしは、
 子供のころも風邪といえばひとりぼっちだった。
 枕元には母が用意してくれた飲み物や食料。
 何時にこれを飲むべし、などとメモがあって。
 そこには手製の野菜ジュースなんかあったりする。
 なんかもう冷蔵庫の野菜室のものをまとめてミキサーに放り込んだような、それはそれはただならぬシロモノで。
 こっそり捨ててました。
 すまぬ。母。


 いまはアイス、好き放題の身分であーる。