本日は、
建売の基礎工事に伴う生コン車の誘導。
だいたいが半日の作業なのでケービとしてはおいしい現場なのである。
ところがだ、
なぜか今回ばかり、はなから半日という発注をされているらしく。
おギャラも半額なり。
渋りだしたのね。
帰宅して『エウレカセブン』の続きを観賞。
レントンという主人公が、チームに無断で出撃してしまうくだりがある。
案の定、それがもとで罰をくらうのだが。
たしかガンダムにもそんなエピソードがあったかと思う。
といってどれがオリジナルか、というハナシではなく。
未熟な少年が他人を知り、
友を知り、
チームを知り、
連帯を知り、
その反作用として自分を知る。
それらの延長として社会を感じていくという成長の過程において、
回避できない通過儀礼なのではないのだろうか。
あたしの場合、黒澤明の『七人の侍』を思い出すのだが。
秀逸なのは、単独行動の描き分けがされているとこだろう。
ときは戦国――。
野武士の略奪から村をたすける七人の侍。
彼らは村人と団結していわば籠城戦を選ぶわけなのだが。
野武士がつかう複数の種子島(火縄銃)に苦戦を強いられてしまう。
そこで剣の達人久蔵、
「ちょっと行ってくる」
とだけ言いのこして、村の外へすたこらさっさ。
一夜あけると久蔵は敵を減らし、種子島までうばって平然と帰還する。
一同は賞讃するが、それをみて功を逸った菊千代は無断で敵陣へと。
しかしこちらはリーダーに叱責されるはめに。
菊千代は釈然としない。
違いは「ちょっと行ってくる」があったか、なかったかなのだ。
久蔵が言い残したのはたったそれだけだが、みなで見送っているので、了承という形になっている。
帰還したあとは減らした敵の数もきちんと報告しているし。
なんのことはない。よく言う報告・連絡・相談の報連相が成立してるのね。
一見ぶっきらぼうではあるが、最低限のことはしているのだ。
本業のエロ屋ではこれが徹底しないので、いまだに手こずってます。
口頭、
書き置き、
メールと手段はいろいろあるのにねえ。
身に付かないやつは、ほんと、身に付かないよ。
俺俺原理主義というやつだ。
ケービの方は、そもそもこれがないと成り立たないので、いやでも思い知る。
☾☀闇生☆☽