壁の言の葉

unlucky hero your key

『マイマイ新子と千年の魔法』ネタバレ感想。

マイマイ新子と千年の魔法


 高樹のぶ子原作、
 片渕須直監督作、
 『マイマイ新子と千年の魔法』DVDにて


 以下、ネタバレでいく。




 うまい鍋というものは、あれだ。
 具材のひとつひとつによくダシが染みて調和がとれているものだろうが。
 その実、
 そのダシもまた、具材それぞれから染み出た灰汁やら旨味の結集ということになっている。
 とどのつまりが『染まる』ということは『染める』ということでもあるのだろう。
 たとえばすでにぐつぐつと良く煮込んだ鍋に、いまさらながら新たな具を放り込む。
 それは当初よそよそしく、
 どうにも浮いているものなのだが、
 それでも気長に煮込まれていくうちに、なんだかんだで座りがよくなる。
 腰を据える。
 ダシに染まり、
 染めて、
 孤立する単品での食材ではなく、鍋というコミュニティの一員として、具に成る。
 むろん個性をすり潰すほどの同調圧力がそこにあっては、鍋はぶちこわしなのだが。
 具は具のままに、ほら。
 ちゃんと鍋の一員だ。


 その鍋は周防の国。
 歴史をかけ、
 代を継いで煮込まれてきた土地、国衙という。
 古くは、半島から渡ってきた製鉄集団がここに腰を据え。
 また、少女時代の清少納言が、父の周防の守への赴任に伴い、数年過ごした土地だと言う。
 ちょうど同じ年ごろの新子は、
 いまも残る国衙の風土に、幼き歌人の生きた千年まえを妄想して土にまみれて遊んでいる。
 そんな自然児だ。
 妄想によって環境を夢にかえてしまう、というこの力。
 たとえばティム・バートン監督作の『BIG FISH』などにもみられる人間ならではの強さなのだが、新子のほうによりたくましさを感じてしまうのは、その妄想の発端が歴史と風土に根差しているということ。
 身の丈を悠々と超えて、
 そこに脈々とした繋がりを求めているという点にある。
 千年の歴史がバックにあるんじゃ、かなわない。
 して、
 その由緒ある街に転居してくる都会の少女がある。
 貴伊子。
 母を亡くし、父の仕事の事情で移ってきた彼女は、そのせいか影がある。
 色白で線が細く、暗くて笑顔が無い。
 おそらくは多くが宮澤賢治の『風の又三郎』を連想することだろう。
 ひとりこの土地では不自然なほどに清潔で、
 上品で、浮いている。
 そこに至るまでに経てきた文化圏も、いわゆるステータスも、まるで違うのだ。
 貴伊子は母の死を心の傷として抱えていた。
 だもんでその遺品は大好きだった母を象徴する、さながら聖域でもある。
 その色鉛筆を同級生に乱暴に扱われたとき、彼女が見せた態度はおそらくそれによるし。
 香水の件もまたそうだろう。
 同時に母もそれらの遺品も、都会の、つまりは過去を象徴するものでもあるのだ。
 言いかえればこれらは、未練だ。


『染まる』と『染める』。


 聖域は、未練。
 貴伊子にとっては、この聖域を解放することが、解放されることになっていく。
 それはまっ白だった彼女の服が泥にまみれていく過程に、ひと際スリリングに表現されているのだった。
 自分にとってのケガレが、ケガレと認識されなくなっていく。
 狭い了見で築いてきた聖域が、開かれる。
 自分の殻から出ていくということはそういうこと、なのかもしれない。
 いや、
 なのだろう。
 そして、この聖域の崩壊というモチーフは、この物語のなかに繰り返されるのだ。
 子どもたちの英雄だった土地の巡査が、ヤクザのオンナがらみの借金で自殺するくだり。
 憧れのしずる先生の失恋と、それによる妥協婚。
 して、これらの生臭さ。
 なにより鮮やかなのが、金魚の死だろう。
 仲間の結束のよりどころであった金魚を、貴伊子の母の香水が殺してしまうという。
 良かれとおもって捧げた供物が、
 むろん自分にとっての大切なものが、それを殺すと。
 はからずも加害者になっている。
 そんな関係性のなかで、人はある。
 殻から一歩出れば、否が応にも誰かを染める。
 染められる。
 んで、人になる。


 あそぼうよ。


 とは、殻から出るための呪文なのだ。
 自発性の第一歩。
 人生の狼煙である。
 対して、貴伊子の出現によって新子の妄想の物語もまた、変化をはじめる。
 仲間たちもまた、金魚の死から貴伊子を救うべく行動をおこす。
 貴伊子はそれとは知らず周囲を染めている。 
 古くに渡ってきた製鉄集団も、おそらくはそういうことの繰り返しで土地に根を張っていったのだろうし。
 新子が妄想する清少納言もまたそんなこんなで傷つき、つけられて成長したのに違いない。


 最後に、
 又三郎との違いでもあるのだが。
 風のように訪れて、風のように去っていった又三郎とは違い、貴伊子はそこに根を下ろす。
 さながら古代の製鉄の民のように。
 そして、新子。
 国衙の風土あっての新子であり、彼女の闊達はそこによっていたはずなのだが、その彼女が結局は町を出ていくという二人の対比が、素晴らしかった。
 すっかり土地になじんで様変わりした貴伊子の笑顔。
 ほら、すっかり鍋の一員だ。
 がしかし、
 この後の新子はどうなるのだろうか。
 都会に鋭気を吸い取られて、くじけたりして、
 それでも持ち前の妄想力で乗り切っていくんだろうか。
 などと観賞後も思いは尽きないのだが、大丈夫。
 なんにしても彼女には「あそぼうよ」の呪文があるだから。






 傑作です。
 観るべし。








 ☾☀闇生☆☽


「ふっ。負けんよ」