「足音がでかいやつはバカだ」
かつて立川談志がなにげにつぶやいた言葉である。
それは確か神社の境内。
うららかな昼下がりに談志がテレビのインタビューをうけている。
とその最中、中学生くらいの少年が背後を駆け過ぎた。
たんっ、たんっ、たんっ、たんっ。
スニーカーをつっかけに履いて。
故意になのか、
どうなのか。
彼はへらへらっと笑いながら、靴底で石畳をたたくようにして画面を横切った。
その音にしゃべりを中断された談志がぼそりと言ったのが、それ。
闇生はこのやりとりがなぜか頭にひっかかっていて。
というのも聴いた瞬間に、なぜかこれといった根拠もないままに、
「けだし名言」
すとんと腑に落ちてしまったのであーる。
たしかに野生ならば、そのほとんどが足音をしのばせる。
ライオンであれ、兎であれ、象であれ、むやみに足音をたてれば食いっぱぐれるか、他の餌食となってしまう。
そこでは静かな奴が生き残る。
人間でもそうだ。
泳ぐにしろ走るにしろ、遅い者ほどやたらと音を立てるし、優れた者ほど静かである。
後日、ダウンタウンの深夜番組『ダウンタウン汁』にて。
浜田が仕切るおなじみの大喜利のコーナー。
その日のお題は「こんなオンナとは付き合いたくない」。
松本以下、板尾、山崎までの回答者がそれぞれの知恵を絞っておもろい答えを競っていく。
「笑って見えた前歯の隙間に、虫の肢がはさまっている」
などなど。
そこで出したキム兄の答えが、これ。
「足音のでかい女」
客席の反応はやや『考えオチ』寄りで、どうやらそれをケタ外れに肥った女、と解釈した空気になっていたが、キム兄の言いたいのは違ったニュアンスのはずだ。
けどそれを説明するのはヤボってもんよ。
説明を付け足そうとするのを浜ちゃんが、すぱっと遮っていたと思う。
そうだ丁度厚底ブーツの流行っていたころだったか。
駅の階段を下りる世の女たちの軍靴の音が、もとえ、ヒールが、ブーツが、男どもをどやしつけた時代でもあったのだ。
あったのか?
野田秀樹は松尾スズキとの対談で、若い役者たちにこんなことを求めている。
『まず足音を立てないことと、呼吸音をむやみに出さないこと』 (松尾スズキ編『演技でいいから友達でいて』岩波書店)
つまりは自分の肉体から出ている音への配慮を。
他の役者が重要なセリフを言っているときに、足音をたてて動いていたり、だらしなく靴底をすって歩いたり、呼吸を「ぜいはあぜいはあ」やっているのは、邪魔だと。
演出として意図されたものは別として、はなはだ迷惑だと。
それは自分を、
ひいては舞台を客観視できていない証拠ではないかと。
たとえば体臭や口臭と同じように、自分の肉体から出ているものは『音』であっても責任を持とう。とまあ、そんな事だったと記憶する。
んなことをのたまっている不肖闇生は、エロDVD屋である。
だもんで勤務中に、ふと以上のようなことを連想してしまうことがある。
それもちょいちょいある。
今日もあった。
商品をあれこれ見比べて陳列棚から選出し、執拗に吟味し、しかるのちに却下して棚へ戻すという飽くなき捜索活動の反復は、オスなるもののたしなみとしてのエロ探索運動であり、ささやかな冒険心であり、真理の追求であり、となればざっくばらんにファンタジーと言い切ってしまいたいまでの反社会的高揚の只中に人を引きずりこむわけだが、むろんその反動として己の社会的一面が時に自省を促しもし、その葛藤をもふくめて崇高なる求道というものではないか、などと言いつついったいそれは何の道だろかと自問を重ね、周到に積み上げて、理論武装を試みるのもやぶさかではない。などといったいぜんたい俺は何を言っているのか。んが、やはりそれは「助平の道」。結局のところそれに尽きるわけである。
外に向かうかに見せかけて、その実、自分を探求しているメビウスの輪。
げにおかしき『性』の道かな。それすなわち『本性』の探求にほかならない。
ならばこれほど真剣な遊びはあるまいて。
遊びに真摯に向き合えば、人はひたむきになるもの。
心が活発に動けば動くほど、外面は静まって。
「よく回るコマほど、止まって見える」(野田秀樹)
それは演技についての言葉ではあったが、なるほど真理をついている。
パソコンだろうが、人だろうが静かに、して颯爽とありたいもの。
んが、なかには、ひょっとしてキレてる? と周囲が慄いてしまうまでに探索活動で音を立てる方がおられる。
引きちぎるようにして商品を引き抜いて、隣接した別の商品を落としたり、ぶつけたり。
今度はそれをもどすのに叩きつけるように。
がっちゃんがっちゃんと、なにかとうるさいんだ。
それも手元を見ずに他の商品にうつつをぬかしつつやるものだから、あっちこっちにまたぶつけて。
すると他のお客さんが驚いて距離をおく。
とどのつまりが、ひく。
みるとその身なりは清潔で、ぱりっと仕立ての良さそうな物を着ており、髪型から靴の先まで何ひとつスキがない青年だったりするわけ。
まるで紳士用スーツのモデルのような。
野田の言うように、その音もまた体臭のようにとらえられるのなら、これほどまでに身だしなみをする人だ、ここまで粗暴なわけはないのだが。
残念。
社会ではうるさいやつがのさばって、野生では静かなものが生き延びるのね。
☾☀闇生☆☽