壁の言の葉

unlucky hero your key


 閉店と同時に転職を余儀なくされる同僚がいる。
 彼を相手に日々、あーでもない、こーでもないとやっている。
 彼はまだ若いので、この闇生とは条件があまりに違うのだが。
 求人データを睨み、
 眉間にしわを寄せ、
 現実との差にうちひしがれたり、
 ひしがれなかったり、
 そんなあたしの横で、彼も若いなりに煩悶しているのではないだろうか。
 どうかな。
 しかし、顔をつき合わせてそんなことばかりしていると、ほとほと疲れてくるわけであり。
 何より空気が重い。
 となれば理性は突如としてエスケープをおっぱじめるのだな。




「午前と午後に一回ずつ射精したら給料もらえるのとか、ねーのかな」


「一か月後、インポだ」


「なやんだふりしてるだけで、おカネもらえるとか」


「会議なんて、そんなもんだよ」


「時々『わたしもその線でいくのがいいかと』」


「たまに『あえてここは逆に』とか」


「で『やっぱダメかぁぁ』と自滅して引っ込むと」


「あとは目をつぶって、じっと腕組みして」


「ほとんど漫画のなかの会議だな」


「そんなもんだって」


「そんなもんか」


「落ちてる人のあたま、やさしくなでるだけの仕事とか」


「よしよし、ってか」


「よし、で千円。よしよし、でイチキュッパ」


「ポイントカードで5%還元」


「浮かれてる奴といっしょに浮かれてあげる仕事とか」


「魂をうるようで、しんどそうだ」


「出張毒見は?」


「どこに?」


「どこにでも」


「マックでも、料亭でも」


「横にはべって、お客が食べようとするたびに…」


「『あっ。ちょいとお待ちを』」


「『そのヒレ肉はあやしいですぞっ』」



 くだらん。
 不安疲れにかまけては、んなことをほざいて、笑いあっているのだ。
 前の職場と違って、少なくとも時間帯によっては雑談の相手がいる。
 そこは、恵まれているかな。
 ありがたい。
 安定しているときは『一人』に焦がれて、それをたしなむものだが。
 一転して不安定になると『独り』が恐れとなる。
 ゲンキンなもので。
 こういうときは、特にね。


 だもんで、ここぞとばかりに哄笑、
 …しつつ、
 頭の隅では、私服面接のことも考えなくてはと。
 みょーに静まっていて。
 面接なんてひとつも決まってないけれどね。
 準備だけはさ、しとかんとさ。
 アメ横で間に合わせようと散策したが、ふつうにぬるいオフ着をゲットしてしまう俺。
 ぬるい俺だ。
 なんでこんなことで、あれやこれやと時間やらお金やらを使わされるのか。
 あたりまえで、仕方の無いことだが、げんなりするよ。まったく。
 ボツにされつづける履歴書と証明写真だって、馬鹿にならないのだし。


 せこいことばっか言っててすまん。


 そういえば、二十代のあたまにちょっと放浪したことがある。
 完全歩合制の仕事に燃え尽きて、衝動的になげたのだ。
 んで、
 いざ働こうとしたときの壁が、実はそれだった。
 履歴書と、写真と、面接会場への交通費と…。
 日雇いならば、現場へのアシ代。
 飲まず食わずで、どうにかそこで一日働いて。
 その場でお給金をいただけるのかと思い込んでいたのだが、担当いわく、
「本部へ」。
 ポケットには五円玉二枚ぽっちだ。
 電話をかけようにも、できず。
 交番で十円にしてもらって、友人にコレクトコールしまくった。
 線路伝いに歩いて、友人宅をめざし…。
 

 もう、あそこにもどるのは御免だ。
 それでも、あのころは己の若さに甘えていたのだ。
 仕事なんていくらでもあると。
 実際、あったし。
 食いっぱぐれることは、まずないと。
 


 まあ、いいか。
 寒いね。
 
  




 
 ☾☀闇生☆☽