壁の言の葉

unlucky hero your key


 夕刻。
 ブロック塀の上にひとり、立っていた。
 眼下をぞろぞろと子供たちが下校していく。
 とそこへアザラシの親子がのそのそと連れ立って、通り過ぎる。
 母親はいそいそと塀の角を曲がっていったが、ゴマちゃんがぽつんと取り残されてしまった。
 子供たちは愛らしいゴマちゃんに大はしゃぎで、たちまちそこにむらがる。
 まずい予感がして、塀の上からのぞむと、折りしも母親が子の不在に気付いたところ。
 思わず俺は子供たちに叫んだ。「あぶない、逃げて」
 案の定、母親はどすどすどすどすと地響きをたててもどってくると、子をめがけて豪快に滑り込んできた。
 立ち上る土煙。
 その黒い巨体を勾玉のように曲げて、母は子を丸くかばった。
 母は念入りに子の無事を確かめ、子は鼻をならして母に甘えて。
 やがて土煙がおさまってみると、アザラシの母親は黒い犬に姿を変えていた。
 黒澤明の『夢』に出てくる手榴弾を背負った軍用犬にそっくりで、けたたましく俺に吠えかかってくる。
 目が赤く、それも暗く光って、
 瞳も白眼もなく、まるで踏み切りの信号のよう。
 それは、餌やスキンシップで容易く人間に尻尾を振るような、そんな飼いならしの効くペットの目とはまるで違っていた。
 それにしても、なぜ俺にばかり。
 子供たちは立ち去り、やがて日が沈み、夜が更けていく。
 闇夜に、電球の街灯がぽつり。
 それでも犬は吠えつづけ、俺を威嚇するのをやめない。
 それがために塀から降りられず、ついに俺は、キレた。
「そんなに咬みたいなら、咬めよ」と右腕を塀の下へ差し出して「そのかわり、死んでも放すなよ」
 黒犬は跳びあがり、その俺の右腕に咬みついた。
 俺は喰いつかせたまま犬を塀の上に吊上げる。
 そして左手で犬の後頭部を支え、さらに深々と咬みつかせて「放すなよ。な」
 跳び下りて、渾身の力をこめて黒犬を振り回した。
 塀に、
 塀に、
 電信柱に、
 地面に、
 そしてまた塀に、
 塀に…。
 執拗に、
 執拗に、
 執拗に。






















 























 目覚めると、いつのまにか枕にしていた右腕が、感覚が無いほど痺れている。
 頭の中では、たまの『汽車には誰も乗っていない』がループしていた。
 

 ☾☀闇生☆☽

 
 念のために断わっておきますが、犬は大好きです。
 実家では、小学三年の時にあたしが拾ってきた雑種の子犬が、大往生をとげまして。
 人間でいえばとうに百歳をこえていたのだそうで。
 猫も好きです。
 飼ったことはないですが、よくyoutubeのペット画像を漁ります。
 
 
 そんなさびしいやつです。


 たまのこの曲は、つげ義春の『ねじ式』の世界を、ツェッペリンが曲にしたような。
 ベースのリフが圧倒的な名曲ですよ。
 でまた石川浩司の歌詞が、すこぶるつきのデキなんですが、たぶん公式HPでチェックできるはず。
 「真夜中の似顔絵かきが…」てのが、耳に残ります。