うだうだとすまん。
さらに付け加える。
あたしはといえば、現状が闇の中であるからして、今はこの手のものには近づかない。
今やったら、やばい。
かつて、そういう誘惑のなかにいたころは、自分なりの夢(希望)がガッチリしていた。
希望が不動だった。
だから、それらのブツは目的への障害にしか感じられなかった。
巻きぞいをくらいながら、左脳的に分析をして、
肉体的、精神的に確認して。
そこそこの期間、愉しんで。
けれど、なあんだ、こんなものかと。
けっ。
こっちは回り道なのだなと、そこをあとにしたのだ。
だから、はまった連中からは、奇異に見えたにちがいない。
宮崎駿は、テレビゲームの空戦のCGを観て、
「俺の想像力のほうがリアル」
そんなことを言ったという。
それにならって言えば、
ドラッグがみちびく幻覚や快感。
あんなもの、俺の想像力の方がおもしろい、と自負する。
いや、
その確信をつづけるために、感受性を磨き続けようと。
磨きましょうと、願う。
音楽や、絵や、映画や、
あるいは世界の美しさの本当は、しらふじゃないと、ちゃんと受信できないよ。
こっちのほうが、きもちいいっつの。
☾☀闇生☆☽
問題はその想像力を、創造力に変えることができるかどうかなのだが…。