ドラッグ。
先日の記事とたぶんダブるが、ちょっとだけ付け足しとくよ。
ほんとはがっつりと、腰据えて書こうと思っていたのだが、どう書いても我ながら説教臭くてね。
つまんねえんだ。
一言でいってしまえば、
酒は呑んでも、呑まれるな。
これにつきる。
けど、それじゃあ味気ないかと。
以下は、そうふまえた上でのことです。
だから書くべきか、迷った。
と、いちお、書いておく。
でだ、
「無害だから」云々というのは、だいたいにおいて先達の導きですわな。
身近なとこなら、経験豊かな友人とか。
友人の友人とか。
ちょいわるのかっこいい先輩とか。
有名ミュージシャンの発言だのと。
ビートルズやストーンズ、ツェッペリンの逸話は今や武勇伝さながらの扱いだし。
(現代ならヒップホップ系とか、トランス系でしょーか。)
かててくわえて、彼らが生んだサイケデリック文化がフリーセックスとあいまって、このうえなく楽園のイメージをつくっているわけで。
妖しく「おいで、おいで」をしやがる。
ちなみに言えば、あれはまだこの世にエイズの無かったころのはなしね。
女性が地位をあげて、ピルが市民権を得るのと、びたっとリンクしている。
だもん、のどかなものですよ。
たとえば伝説のウッドストック。
有料だったはずのコンサートが、群がった大衆の熱気に圧されて解放された。
だなんて、漫画『二十世紀少年』ではそれを美談にしてましたな。
主人公の信条として。
音楽が、人々の垣根をとっぱらったと。
NO BORDERだと。
日清だと。
けれど実際は、大衆はドラッグの回し飲みと、フリーセックスにありつきたかっただけなのだ。
そんなものである。
兵役も、仕事も拒んだヒッピーですから。
精神的には引きこもりと言っていいでしょう。
それはともかく、
そんな華やぎに、日本のロックシーンもあこがれた。
ははん、まずはドラッグなのかと。
となれば、はびこりますわな。
細野晴臣によれば、当時はスタジオごとに売人が縄張りをもっていたのだそうな。
で、
米英につづけとばかりに、ラリってセッションしまくった。
けれど周知のとおり、そこからは海外でのサイケ文化に匹敵するものは、何一つ生まれなかったのであーる。
そりゃそーだ。
ロックあってのドラッグを、本末転倒に真似たのだから。
ロック・レジェンドの連中は、しらふでもいい曲を書いたじゃんよ。
じゃんよ、とな。
でもね、
あたしも学生バンドに毛が生えたようなことをしていた身分ですから。
いや、実のところ毛すら生えなかったのですが、わかるんです。
親や、常識や、社会が吐き出す正論よりも、ラリッたボブ・マーリーの一言の方が、
どすん、
と胸に届いたりするんだ。
若いころは特に感じやすいから、もお、びっくんびっくん反応しちゃうんだな。そういうハッピーな空気に。
なんせ日々、自由だの個人主義にあまやかされてますでしょ。
現代は。
むろん、あたしも含めてよ。
けど、これって実は偽物の個人でね。
有り体を言えば、パチモンなのだ。
だって「あたしの勝手」式の個人主義者ほど、自分をけん引してくれるカリスマを渇望するんだもの。
どーよ、この矛盾。
だって、その方が楽ちんなんだもんなー♪。
『楽』に『ちん』がつけば、浮かれちゃうもんなー♪
ドストエフスキーぶるわけじゃないが、本当の自由に耐えられるほど、人間つーのものは、強くないものねえ。
良し悪しは別として、どうやらそういうものらしいのよ。あたしらってば。
てば、ってか。
問題はこの『つられたがり』の習性ね。
要チェックであーる。
これがミュージシャンや神や仏や、はたまた恋人や、家庭に作用しているぶんには可愛いものなのだ。
てか、それが重力となって地に足をつけさせてくれることの方が、多いしね。
けれど、心の隙をついて、たびたびドラッグに作用したがるからあぶないんだな。
繰り返してしまうが、
ロックあってのドラッグ、がいい例だと思う。
己の目的と手段を、彼らはそこで見極めた。
ロックに服従しているのであって、ドラッグに隷属しているのではないと。
フィリップ・K・ディックや、ウィリアム・ギブソンの『武勇伝』だって、小説あってのものでしょ?
小説がなかったら、ただのおっさんよ。あいつら。
飛べない豚は、ただの豚。(紅の豚)
ましてや飛ぼうともしないのなら、なおのこと、豚である。
社会的に認められる部分こそが個性なのだが、それには目的と手段の主従を、自覚せにゃならん。
それでこその個人だろうて。
であるのに、『自由』の風潮が、この見極めを邪魔するから厄介なのじゃな。
長老。
鬱陶しいねえ、自由って。
扱いがほんと難しいよね。
束縛を嫌って手を出したはずのドラッグに、いつのまにか『つられたがる』。
おっと気がつけば、どっぷりと隷属している。
酒は呑んでも、呑まれるな。
ね。
結局は、この昔ながらの言葉に集約されるのであーる。
☾☀闇生☆☽
あのね、
ほんとは体験した恐怖を書こうと思ったの。
信頼していた人がドラッグにはまって、少しずつ狂っていく過程を。
その恐ろしさを。
けれど、いままで誰かに語っても、たいがいは笑い話で片付けられちゃうんだな。
あの恐ろしさは、どうもうまく説明できない。
たとえばパチンコで「この台が出るぞ」なんて言うのを、妄想とまでは言わないでしょう。
実際、よく当てる人もいるし。
「裏で電気的に出玉を調整してんだ」
なんて言ってるのも、まあ、会話の愉しみとしての半信半疑だ。
都市伝説的なね。
「うそぉ」
とか言って笑ってキャッチボールができるでしょ。このくらいなら。
そういう他愛もないところから、じわりじわりとずれていくのだ。
人の、正気が。
彼はあるときから、パソコンももっていないのに「ネットで見た」と言葉尻に付け始めた。
なんだ、ネットカフェでも利用したのかなと思って、何気なく聞くと、
「テレビをつかって、サブリミナル的に、俺に問いかけてくるんだ」
誰が?
「ロシアが」
ね。
文章で書くと、恐怖が伝わらない。
実際、あはは、と応えたけどマジなんですな。当人は。
パチンコ台の通電説も日を追うごとに変化して、ついには「自分を感電させようとする企みだ」と。
店長室に怒鳴りこんでやった、と。
どうか、想像してみてください。
自分が一番信頼する親しい年配者がこうなっていくと。
社会の酸いも甘いもかみわけた、博識で、ちょいわるで人気のある大人が。
彼もはじめは、ハッパからだったのよ。
理性と知性で、それを、手のひらであやつるようにたしなんでいた。
それが最後は、ドラッグの深みにはまって、周囲の人ぜんぶを「スパイ」と疑って。
始終、盗聴を警戒していた。
眼の下のクマを隠すのだといって、赤い蛍光ペンをそこに塗ったくってさ。
「米国と、ロシアが、俺を数千億円で奪い合っている」
「西田ひかるが、来春にヘアヌード写真集を出すことが、判明した」
「中東で米軍機が撃墜されたのは、俺がやり方を現地に教えたからだ」
ま、時代がバレちゃいますが、そんな途方もないことを、ぽろぽろ言う。
こっちは彼なりのギャグだと解釈する。
だって完全な狂人ではないのよ。
日常的には、普通なんだ。
でもその正気が、虫食いのように、ぽつぽつと月日をかけて狂気に蝕まれていくのね。
だから、周囲も気づくまで時間がかかるの。
疑心暗鬼が、疑心暗鬼を呼んで。
周囲は、どんどん姿をくらました。
勤務先を知られているものは、転職までした、らしい。
らしいというのは、
なんせ、自分の情報がどこから彼に漏れるか、全員が警戒するのだ。
だから、全員が金輪際と、一切の関係を絶つ。
彼ひとりのせいでね。
ううむ、
やっぱ、うまく表現できんなぁ。
すまん。