ここのところ、通勤では落語ばかり聞いている。
それも志ん生ばっか。
あの、可笑しみ溢れる志ん生節にひとたび身をゆだねてしまえば、たとえそこが通勤電車であっても、たちまち湯船に早変わり。朝風呂に浸かったように、心もちはゆったりと広げられるのであーる。
細かいことは言いっこなし、なんつー気分だ。
はぁあ極楽、極楽…。
といっても、決していい加減になるというのではないよ。
多かれ少なかれあたしたちゃ、みんなどこか、できそこないだ。
悲しいかな、できそこなわずには生きられないという。
にもかかわらず、健気にやっていかざるをえないという。
それもまた人ならではのいじらしさなのであって。
ならば大ざっぱに、似た者同士じゃんと。
互いの主義主張や価値観やらを、たまには引っ込めてさ。
そう、たまにゃね。
おおおおおおらかに行きましょうやと。
女郎も太夫も幇間も、
武士も大名も若旦那も、
与太郎も一っ八も海苔屋のばあさんも、
そこではエコヒイキ無しに、あくまで健気なできそこないとして描かれる。
あるいは、どこか、膝をくずした風情とでも言おうか。
伝統芸能というものには、どうもそんなくつろぎの作用があるようで…。
なんせ娯楽の超ロングランなわけですよ。
気持ちをしゃっちょこばらせているつっかえ棒を、もみほぐしてなんぼだ。
歌舞伎や狂言だって、そうでしょう。
しゃっちょこばってるだけじゃあ、これほど長いあいだ支持されるわけがない。
伝統ということで言えば、相撲もね、娯楽には欠かせないぞと。
なんせ「おすもうさん」ですから。
ためしに唱えてみましょう。
おすもうさん。
おすもうさん。
おすもうさん。
と、ほら、あなたの脳裏に、ふっくらと恵比寿顔だ。
この響きには『スポーツ』だとか、『格闘技』だなんていうしゃっちょこばった手触りは、皆無なのである。
弓取り式のあの華麗な舞い。
しょっきりずもうの滑稽み。
しみじみとした相撲甚句の唄声に、「どすこい」の合いの手。
威風堂々、土俵入りをする横綱の所作。その優美と勇壮。
力士と観客を一体にする「よいしょっ」の歓声。
かりん、と乾いた拍子木のけじめと、朗々と立ち上る呼び出しの声。
土俵を清める塩の純白。
行司の装束、鮮やかな化粧回しに、黒々とした髷の光沢。
会場に漂う、びんつけ油の香り。
…等々。
本当にガチの格闘だけが目標なら、あんなものぜんぶやめちまえばいいのである。
徒弟制度も、部屋制度も、
仕切りの呼吸もなくして、ゴングかなんかでおっぱじめりゃいい。
フェンシングみたいにセンサーつきのコスチュームにして、どちらが先に手を付いたか、或いは出たかを電気的に判定すればいい。
すれば尻っぺたなんかも、さらさんでいいと。
けど、それでは味気ないと思いませんか。
ねえ。
文化という名の『くつろぎ』の形式は、いつだって不合理の上に成立つものですから。
ところが我々は、
日々テレビ的に編集される情報にすっかり毒されて、気がつけば、いつのまにかスポーツ扱いで観ている。
うっかりするとこのまま、点取りJUDO(柔道)の二の舞にさせてしまいかねないっす。
そもそも、
大地の神に五穀豊穣を祈り、無病息災を願う。相撲にはそんな奉納の意味があったはずだ。
土俵作りに織り込まれる儀式にも、いまだその名残があるのだし。
あの丸い土俵の真ん中には、何があるか。
建築の前の地鎮祭さながらに『鎮物』が埋まっているのであーる。
土俵の場合の鎮物とは、勝ち栗・米・昆布・するめ・塩・カヤの実で、読んで字のごとく大地の神を鎮めるための供物だそうな。
その神聖な土俵で、腰に注連縄を巻いた横綱が、四股を踏む。
にらみを利かせて、豊穣を穢す災厄を、退散させる。
そして、それら儀式だ、祈祷だといったものを娯楽の形で演出し、楽しんできた日本人の知恵というのは、なかなかどうして。やっぱおおらかだ。
うまいことやるなと。
おもいませんか。
そのおおらかは、なにより観戦中の客の顔に出ている。
どんな大一番であっても、勝敗が付いた瞬間をとらえた写真の背景にうつりこんでいる客たちは、ことごとく笑顔なのだ。
ひいきの関取が負けたとしても、ああ残念、の顔がなぜか笑んでいる。
これがサッカーや野球なら、とてもこうはいかんでしょ。
たとえば高校野球や、日本シリーズ、あるいはW杯ならば、悲痛な応援風景になる。
ところが、
おすもうさんは負けたって、お尻まるだしで、すってんころりんだ。
判定をめぐって暴動になったりはしないのであーる。
相撲のガチの醍醐味というのもわかった上でね、言ってますよ。あたしゃ。
ただ、こういう混乱のときは、『そもそも』を考えるのがよいかと。
んでもってね、唱えるのですよ。
おすもうさん、
おすもうさん、
おすもうさん、
とね。
この福福しさにこそ、相撲の根っこがあるぞと。
知恵だぞと。
☾☀闇生☆☽
あれ、
もうすぐ、ブログはじめてから一年になるなぁ。