壁の言の葉

unlucky hero your key


 朝っぱらから、髪を切りに。
 不肖闇生、
 床屋が大の苦手なのである。
 ようするに不精闇生でもあった。
 いち時期は、腰までのばしたこともあるくらいなのだ。
 さすがにそれでは社会生活に支障をきたすと、あるとき短くした。
 以来、ずっと同じとこでやってもらっていたのである。
 そこはかつての勤務先の近所で、かつ独り暮らしをはじめた最初の部屋の近くでもあった。
 四畳半。
 風呂なし。
 エアコンなし。
 トイレ共同。

 
 なんせ、こんなあたしだ。
 どんなあたしか。
 人見知りするし、
 なんというか、店の大将に世間話やらで、こちらの身の丈を話すのが面倒でね。
 希望を伝えるのも下手っぴだし。
 だいいち希望を言ったところで不可能だし。


「返還前の香港の、プロの暗殺者っ。みたいに」


 たとえそうなったとしても、なんなんだと。
 咥えタバコに両手銃で、やらかすのかと。
 とはいえ、長年なんだかんだと大将とコミュニケーションをとっているうちに、こちらが伝えた情報は、知らず知らずに膨大になっているわけで。
 いつのまにかツーカーである。
 となればだ、
 いまさらながら店をかえて、それらをまたいちから構築し直すのも、つらい。
 てか、もったいない。
 だもんだから上京していらい、ずっと同じところに通っていた。
 そのアパートが取り壊しとなって追い出されてからも、電車を乗り継いで通っていたのである。
 つい、最近まで。

 
 けれど、さすがになんだかなぁと。
 電車で小いち時間もかけてだ、このまま健気に一穴主義を貫いていても、なんら報われないような気がした。
 健気の使いどころを間違えているぞ。絶対。
 思いあらためて、今年から近所のこざっぱりしたところへかえたのである。
 そう、今日もそこへ行ってきた。
 担当はさながら、無愛想な古田新太だ。
 店には若い職人が二人いるが、そのどちらも究極のダウナー系なのである。
 会話もなく。ニコリともしない。
 終始ぶすっとしている。
 への字口。
 ここまで閉じていると、なにを言ってもオモローだろうになあ。
 つくづくもったいないなあ、と。
 たとえば、なんでもいいんだ。
 たった一言、
「もけらもけら」
 でもいい。いや、
「もけらもけら」
 がいい。
 ベタに天気の話でもいいさ。
 無駄口をたたいてくれないか。
 くれないんだな。
 頑として。
 が、こっちだって負けるもんか。
 闇生はそんな寡黙な職人を望んでいたのではなかったのか。
 ならば仏心の鬼と化すべし。
 泰然として我がオツムをいじらせたのであーる。


「もけらもけら」


 終えて新宿へ出た。
 新宿に行きたかったのではなく、読みかけの本(のぼうの城)を電車のなかですすめたかったので、ともかくも新宿、と。
 自宅で読むよりは、精神的にも風通しがいいような気がしたのだ。
 着けばそこに曇天の街がある。
 目的もなく、
 居場所もなく、
 さまよって、歌舞伎町に足をのばすが、これといった映画もやっていない。
 iPODに入れたDeDeMouseが哀しく、楽しく、キラキラと綺麗で。
 その素敵のぶんだけ凹んだ。
 あぶない。
 どうしたらいいのか。
 南口のTowerRecordに足が向かう。
 エレクトロニカ系のお勧め盤を試聴して気に入り、購入。
 音も一期一会である。
 それと景気づけに、生演奏の熱いライヴ映像が観たくなって。
 いや、観なければと、ジャズフロアへいそいそと。
 そういうのが、生きたくさせるに違いないと。
 少なくとも暗がりで延々とラップトップに対峙しているやつではない。今日の気分では。
 ここはひとつ躍動するドラムだろう。
 情緒の共有できる日本人だろう。
 でもって天性のポジティヴさんだろう。
 そんなわけで猛烈にPontaBoxのが欲しかったのだが、無いんだな。
 いつだって会いたいときには、いないんだ。
 でも今、会いたいんだ。
 あきらめて、村上”ポンタ”秀一のソロ・イヴェントのDVDを買った。
 んで、
 たった今から彼に、気合を入れてもらう所存なのである。




「もけらもけら」


 ☾☀闇生☆☽


 追伸。
「パンダを貸与していただけるということは、日本国民へのプレゼント」
 とな。
 なんだこの首相の発言は。文脈は。
 貸与(レンタル)はプレゼントだっつのか。
 年間一億円も払って。
 レンタルビデオ屋さんは、これからはプレゼント屋さんなのである。