壁の言の葉

unlucky hero your key


 ただいま。


 たった今帰宅したのでござる。
 いやあ、なんだろね、あの電車の混雑は。
 まるでお祭り騒ぎだもの。
 ぎゅう詰めのうえに、みんな酔っ払ってんだもの。
 話に花咲かせちゃってさ。
 わいのわいの、大変な騒ぎなのである。
 うれしいのだろう。きっと。
 なんてったって昭和の日だものね。

 
 どうだか。


 おそらくは、多くが明日から黄金週間を満喫しようっていうのだろう。
 だってお顔がね、
 仕事納めしたぜぃっ、てなふやけかたのよ。
 てやんでえっ、てなクダまく酔い方じゃないのだな。
 咲いてんだ。
 同僚と話している感じも、あれだ。
 なんだ。
 グッド・ラック、てな感じよ。
 

 しらふでさ、
 んで、休みなしのあたしたちからすると、うん。
 正直、他人事です。

 
 そんな圧倒的な他人事に、
 俺は山海塾か、てなぐらいのみょうちきりんなポーズで押し固められて。
 それでも負けじと、帰りの電車では読書としゃれこんでいたのさ。
 汗だくだ。
 隣のサラリーマンはといえば、この国の平和のために、モンスター狩りに従事してくれているし。
 PSPでよ。
 しかも深紅のよ。
 おかげで俺は、安心して司馬遼太郎を楽しむことかできるわけだ。
 それは、いい。
 それは、いい。
 けれど、その狩人のケータイが鳴りましてですね。
 しかも先方の声が、でかでかとスピーカーから轟きましてね。


 あたしゃ、ケータイを持ってはいるが、使わないのでちっとも詳しくないのですが。
 あんなモードがあるのですな。
 固定電話のオンフック・モードみたいのが。


 でね、
 先方はどうやらその赤ちゃんなんだな。
 受話器に近づきすぎて、
 ぶぃー、ぼぁー、ぶぃー、ぼぁー、鼻息タイフーンなんだ。
 奥方がそれを強いているのだろう。
 狩人はというと、
 そのぶぃー、ぼぁー、に向かって現在地を連呼すんのよ。
 まあ、なんちゅーか。
 奥方的には、早く帰ってこい、てなプレッシャーよ。
 狩人的には、切るに切れないらしいのよ。なんか知らんが。
 切ったら、ケータイが爆発するとか。
 3の倍数の日だけ、馬鹿になっちゃうとか。
 そんなモードがあるのだろう。きっと。
 攻防が長引くにつれて、最初はほほえましかった「ぶぃー、ぼぁー」が、だんだん憎たらしくなってきてね。
 確かに、車窓に映る乗客たちの目つきがね、あれよ、もお三角。


 あなたは、生きていたくないのだね。


 そんな目だ。
 OLさんすら睨んでる。
 しかしながら、そこはそこ。さすがは狩人。
 何食わぬ顔で、現在地を連呼し続けたものである。
 やがて、しびれをきらした奥方が出て、
 んもぉ。
 帰宅が遅いことをごねなさった。


 車内のみんなが聞いている。


 念のために言っておくが、あたしゃインイヤー式のヘッドホンをしていた。
 読書のBGMにと、ビル・エヴァンスをかけていた。
 にもかかわらず、という状況なのである。
 ぶぃー、ぼぁー、はエヴァンスだろうが司馬遼だろうが、ものともしないのだ。


 さーてさて、
 夫である狩人を、我が子を使ってまで脅し、待ちに待ったゴールデン・ウィーク。
 妻は、いったい何を約束され、そこに何を望んでいるのか。
 てか、大丈夫なんでしょうか。彼は。狩人は。
 せめて同乗者たちが受けたストレスに見あった休日に、しろっつの。


 それはそうと、闇生は通常営業。
 明日も出勤でおま。


 ☾☀闇生☆☽


 おまおま。