壁の言の葉

unlucky hero your key


 倦怠感が、とてつもない。
 おそらくは虫になった八代亜紀に抱かれたからに違いなく。
 これがまた思いのほかハングリーで。
 どうやら、うっかり吸い取られちゃったらしいのだ。
 なんせ、肴はあぶったイカでいい〜♪くらいのハングリーだ。
 吸うだろう。
 亜紀に吸われちゃかなわんさ。
 とはいえ、終日ひからびているわけにもいかんので、靴を買った。
 3,980円をレジで3,000円にしてくれるというんだから、そりゃあ買うさ。
 なけなしの見栄を張って、通勤用を二足。張った相手は自分である。
 そもそも通勤以外のは必要としない奴なのだが、そこはいっちょ、自分にかっこをつけてやろうとね。
 靴をあまり買わない理由は、生来の店嫌いのほかに、サイズがないことにもあるのだ。


「バカの大足」


 そう兄にからかわれてきた半生である。
 気に入ったデザインのは、きまってそのサイズが無い。
 成長期は毎日が靴ずれプレイで、踵をいつも鮮血で染めていたものであった。
 んが、最近は量販店でもけっこうあるではないか。
 さては、この国にバカ仲間が増えたのか。
 それとも時代がやっとあたしに追いついたのか。
 後者とすれば、時代そのものが大足なのだろう。


 ともかくも、靴を買った。
 ならば、それに浮かれて街に出たっていいじゃないか。
 季節は桜もほころぶ春なのだ。
 陽気に誘われて、ヘンなのがうろうろし始めるわけだし。
 こちらも負けじとうろうろすればいい。


 折しもコーエン兄弟の最新作が上映されているし。
 『ノー・カントリー』。
 アカデミー賞で話題になった、牛の屠殺銃を使う殺し屋の、あれである。
 なんといってもコーエン兄弟だ。
 細部にまで異常にこだわった画面作り。
 かつそれをきちんとユーモアで支えて見せる、そつのない映画作家である。
 言いかえれば、ユーモアにさえ完全を強いる。
 であるならば、それは狂気だろう。
 狂気と笑いは背中合わせであることを知る、貴重なチームなのである。
 かつて米国は、芸術性を重視したアメリカン・ニューシネマへの反省から、こぞって商売『至上』主義にスイッチした。
 エンディングを複数用意し、それを試写会で観客に選ばせるまでになってしまった。
 女王様がM男にプレイのお伺いを立てて、どうするというのだ。
 媚びるな。
 驚かせてくれ。
 圧倒してくれ。
 そんな、映画にまで既製品を求めて久しい米国にありながら、辛うじて気高い作家性を保っている意味でも、コーエン兄弟の作品は稀少といえよう。
 『ミラーズ・クロッシング
 『赤ちゃん泥棒
 『バートン・フィンク
 『ファーゴ』
 『ブラッド・シンプル』など。
 発表するごとに、世の映画通をうならせてきたその手腕。信頼していい。


 とまあ、大足も軽やかに映画館へ向かったわけだが。
 スケジュールを確認してこなかったせいで、着いたのがなんと上映開始直後である。
 次回まで時間が余りまくってしまった。
 どうしよう。
 もとより、行き当たりばったりを愉しむ男でもあるわけだが。
 そうしても許されてしまうのが、独りぽっちの哀しき醍醐味というやつで。
 ならば、時間までぶらぶらしてまひょ。と大足の踵を返して、いざ、ぶらぶらだ。
 あっちへぶらぶら。
 こっちへぶらぶら。
 ぶらぶら三昧。
 

 やろうとして気が付いた。
 意外や意外、ぶらぶらにも気力体力をつかっていたのだと。
 この倦怠感で、ぶらぶらは自殺行為だった。
 なんだか眠いし。
 睡魔が分厚く、重いし。
 ようするに、疲れている。
 んなバカな。
 少なくとも皆様方と比べて、決して疲れるような商売でもないはずである。
 八代め。
 まいったぞ、こりゃ。
 はあ、こりゃこりゃ。

 
 座りたい。


 願わくば、眠りたい。
 おじいちゃんか、俺は。
 おじいちゃんだ。
 断固、おじいちゃんだ。
 ぶらぶら中止だ。
 ノーぶら宣言だ。
 けれど、春休みの週末とあって、どこもかしこも人だらけ。
 ううむ。
 どうしよう。
 こうしよう。
 帰ってしまおう。
 て、マジすか。
 てか、もう足が駅に向かってるし。
 着いてから、ものの三十分と経っていないし。


 まったくもって不甲斐ない。
 何もせずに帰還である。
 なにやってんだろう、俺ってば。
 あ。
 野田の『Right Eye.』を観なおして、その感想を書くつもりだったのに、ぶらぶらだけで終わりかけてるぞ。ブログ。


 一応、簡単に書いておく。
 例の巨大な花火に浮かれて、
「きれいだなぁぁぁ」
 と駆け寄ってみると、実はそれは原爆で。
 そこに広がる惨状に言葉を失うという、あれ。
 最初の感想にもかいたけれど、今回はまた違って見えた。
 なぜなら、あれからチベットの蜂起があったわけで。
 北京でぶち上げられる平和の祭典オリンピック。
 あれは『Right Eye.』の巨大な『花』『火』ではないかと。
 遠くからみれば美しいが、その下では、日々弾圧されていくチベットの民の苦痛があるわけで。
 その巨大な『火』の『花(華)』は、彼らが流した血を吸って咲くことになる。


「桜の木の下には死体が埋まっている」


 今回の蜂起と制圧は、暴力となって現れたから、まだわかりやすい。
 問題はその前と、今後である。
 「背に腹は代えられぬ」という心の隙からの侵略ほど、静かで残酷なものはない。
 かねてからチベット問題に熱心な俳優リチャード・ギア
 今回の蜂起以降、頻繁にメディアに登場して、中国の非道をうったえているのは周知のことと思う。
 その彼が、この件を理由としてCMを切られたのをご存じだろうか。
 切り捨てたのはほかでもない、日産。
 かの大国での市場を逃すまいという下心と、圧力に屈したのである。
 ようするにチベットの民を見殺しにしたも同然だ。
 言わずもがな、それは日本が世界に誇る大企業である。
 ならば本来、もっと大々的に報じられてもいいはずだ。
 んが、
 それを穏やかにできてしまうのもまた、大企業がゆえで。
 メディアはスポンサーを失いたくはないわけで。
 日産への不買運動くらい起こってもいいはずですがねえ。どうしたんでしょね。
 この国の企業ですし。
 なんなんですかね。
 『長いもの巻かれろ』式の官僚腐敗に、日々憤っておきながら、その世論もまた長いものにぬくぬくと。




 ☾☀闇生☆☽
 ふと、今日買った靴を見た。
 そのインソールには、はっきりと、
 『Made In China
 安いわけだよ。
 嗚呼、ぬくぬくと。


 追伸。
 Pingとかいうのに設定しました。
 ブログの更新チェックサービスに更新情報を送信してくれるのだそうです。
 さて、どうだか。
 これといったおもてなしもできませんが。
 でもまあ、よろしかったら、どうぞ。
 なんか、
 いまだに使いこなせてなくて、すんません。