壁の言の葉

unlucky hero your key

 実はここ数週間というもの、ネットがつながらなくなっていた。
 にもかかわらず、誰にも迷惑をかけないで居ることができるという、この俺の需要ったら。
 どんなもんだい。
 なので、ここ数日のブログは、こそこそと勤務先のパソコンからアップしていたのである。
 書いた記事をUSBフラッシュに移して、しかるのちにそうしていたわけだ。
 なにもそこまでして律儀に連載することもない、という内なる声に耳をふさぎながら。


 にしても、気になるのは故障の原因だ。
 これまでも断続的にADSLの回線が途切れることはままあった。
 けれども、あたしの場合、仕事で使うわけでなし。
 ちっとも困ることがない。
 となれば、故障のやつ。ほったらかしされるべくして、まんまとほったらかしである。
 放置されっぱなしの身分が、ここぞとばかりに放置プレイ返しである。
 ざまみろと。
 んが、
 完全に切れてしまったとなると、そうもいかないわけで。
 求められてこその放置であーる。
 たがいに引かれあってこそだ。
 なのに放置プレイ中に相手にすたすたと家路につかれたんじゃ。
 ねえ。


 だから、仕方なく重い腰をあげてやることにしたわけなの。
 おおかたモデムがやられちまったに違いないの。
 そうふんで問い合わせることに。
 そこでやっと気づいたのだ。
 なんとまあ、固定電話(イエ電)がうんともすんとも言わないではないか。
 電話が鳴らないなんてのは、あまりにあたりまえな現状なので、気づいてやれなかった。
 ごめんよ。
 とモデム経由から離脱させて、壁のタップに直結してみる。
 やはり同じである。
 ちなみにほとんど部屋に置きっぱなしになっているMyケータイから、かけてみる。
 確かにコールする。
 が、電話機は鳴らない。
 黙して語らず。
 死人に口なし。
 ABCD包囲網

 
 ははん。
 ネットも電話もダメとなると、あれですか。
 ついにあたしのことノーサンキューですか。世間たら。

 
 こうなったら籠城戦である。
 籠城は、外に応援部隊をもってこそ機能するという。
 おたすけを。
 ケータイでNTTに問い合わせる。
 回線は無事だという。
 念のため後日、部屋の外までの回線を点検。
 これも異常なし。
 さては室内か。
 と電話線をたどった鴨居のなかから昭和五十年のスポーツ紙を発見。
 かつての住人が、なにかを隠していったのだろうか。
 恐る恐るページをめくりながら、ついついエロ記事を読み耽る。
 なにもない。
 プロ野球のキャンプレポート。
 星野、高木、谷沢のビッグ3がどうしたこうした。
 なんなんだ。
 そんなわけで本日午前十時、出張修理人、参上とあいなったのである。

 
 品の良い、ひょっとしたら七十代の小柄なおじいさんである。
 お風邪をめされているらしく、ごほごほと咳きこんでおられた。
 にもかかわらず笑顔がほがらかで愛想よく、作業中も話をふってくれて、妙な間があかないのは流石。
 そこに古き良き職人の匂いが、した。
 専門の技術や知識が豊富なだけでは、決して職人にはなれない。
 顧客のプライベート空間に上がりこんでじかに接っするのだ。ナマのやりとりや気遣いもふくめて仕事となる。
 たとえ体調を崩していたとしてもだ。
 古びた補聴器をされていた。
 仕事がら室内と室外を頻繁に行き来するためだろう。擦り切れたまるい安全靴の踵が、ぺたんと折ってあった。
 ハンマーのグリップがすり減って、いい味だしてた。
 とどのつまりがかっこよかった。

 
 回線の室外と室内のつなぎ目。
 そこに設けられた変換装置の接触の問題だったらしい。

 
 さて、
 無事、回線が復帰したが。
 べつにどうってことないわけで。
 と思っていたら、狙いすましたように電話が鳴る。
 旧友である。
 自発的にコンタクトをくれる存在なんてのは、あたしにとっては貴重である。


 かたじけなし。


 おちぶれてすまん。
 ということで午後、何年ぶりかにそいつと飯を食う。
 昼下がりのファミレス。
 ママさんたちのおしゃべりがかまびすしく。
 子供たちの嬌声と、窓際の陽だまり。
 思えば、高校時代。
 昼休みの喧噪をきらって逃げ込んだ、誰もいない図書室の窓際。
 俺たちはいつもそこにいた。
 ヘッドホンを分け合って、ウォークマンでヴァンヘイレンを聴いた。


「これ、かっけーべ」
「ああ」


 あのころのように、話をする。
 奇しくも、職人気質の人間の魅力について。


「かっけーよな」
「ああ」


 『手に職』とはつまりそういうことで、それを持たない自分たちのむなしさを、大いに嗤う。



 
 あいつ、ベンツは売ったらしい。


 ☾☀闇生☆☽