歩く。16

 いざ、車止めの先へ。
 はいってすぐに道がY字に分かれる。
 右は景信山登山道。
 甲州道中は左へ。


 最初のうちはつぶの粗い砂利の道。
 これがけっこうこたえるのだが、湧き水が道までしみだしているので、その排水をかんがえてのことだろうと思う。
 砂利が濡れています。
 

 

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小仏登山道。


 えっちらおっちら行くと、遭遇するのは下りてくる人ばかり。
 車止めをこえてからは、行きかう人が会釈をかわすようになる。
 だれが決めたわけでもないのだろうが。
 だれが決めたわけでもないのに暗黙としてつながるのは、わるくないね。
 実際、この登山道で気分がわるくなったりしたらコトだものね。
 運命共同体だなんて大げさなことは言わないが、共にしている感、がある。
 それと、往時は追いはぎやゴマの蠅と呼ばれて旅人に悪さをする輩がいただろうことを、想像する。
 悪いやつにとっては格好の状況だ。
 
 
 坂は次第に九十九折(つづらおり)に。


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小仏、九十九折のみち。


 このあたりはまだ随所で道をセメントで固めてあった。
 むろん大きな工事車両の進入できるところではないので、ただセメントを敷いて叩きました的な手作業っぽい処理なのだが。
 それでも苦労がしのばれる。
 新田次郎の『強力伝』を思い出す。


 途中、山賊にもうわばみにも天狗にも出会わなかった。
 が、ヤマカガシは見かけた。
 あたしにおどろいてにょろにょろと去っていった。


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小仏峠


 ひらけた場所に出る。
 ベンチがあって、そこで休んでおられたご婦人がおひとり、あたしに会釈をくれる。
 ありがたし。
 ここが峠だろう。
 あたしもひと息入れる。


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小仏峠のベンチで。
 

 ペットボトルの凍らせた水とポカリ、大正解。
 わきの下で溶けたぶんを飲んで、保冷バッグのなかの水もぐびぐびやる。
 はあ、すずしい。
 風がさわさわと通りぬけるう。


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小仏峠。明治帝御小休所碑。
 

 明治帝もここで休憩をとられたそうで。
 『明治天皇小佛峠御小休所及御野立所』の碑がたっている。
 これを運び上げるの、大変だったろうね。


 この峠から道が分岐するので注意が必要。
 道標に出くわすたびに、江戸側からのぼってきたあたしは『底沢バス停』とか『相模湖駅』とか書かれた方角に進む。
 この峠から道は踏みならされて窪んだ土の道になる。


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小仏峠、西坂。


 峠からくだりは人っ子一人いない。
 あたしだけだ。
 木陰がつづくので暑さはだいぶ楽になる。
 ほいほい進むが、こんどは下りに堪える足の筋肉がぷるぷる言いはじめた。
 上りは心臓と呼吸の喘ぎがメインだが、下りはこの足ぷるが問題。


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小仏峠、西坂。
 


 洞の空いた木に道標。
 洞ってつい覗きたくなりません?


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小仏、西坂。道標
 

 結局舗装道にでるまで誰にも会わなかった。


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美女谷近くの中央道。


 舗装道路もほぼ無人
 車も通らない。
 中央道の高架を北へくぐって、そこで折り返して美女谷橋をわたってまた中央道を南へくぐる。

 しばらく行くとJR中央線をくぐるがその手前に『小原一里塚跡』。


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小原一里塚跡。


 べつにこの廃墟が一里塚跡ではございませんよ。
 実際の一里塚は高速の下だったそうで。
 あたしの廃墟好きの心がこんなアングルを選ばせたのです。


 そしてやっとこさ20号に合流。
 合流地点の底沢バス停に着いたのが16時。
 


 つづく。



 ☾☀闇生★☽