歩く。7

 高安寺を出て弁慶坂をゆく。
 判官びいきという言葉がある。
 にもかかわらずここには弁慶ばかりで一緒にいたはずの義経由来の史跡がないのはなぜなの?


 京王線を横断するとまもなく本宿町の交差点。
 国道20号と合流。
 新府中街道を横切ってすぐに古墳のあとがある。
 国指定史跡 武蔵府中熊野神社古墳
 と、その展示館とな。
 

 すまん。
 結論からいえばスルーしてしまった。
 街道の南側を歩いていたあたしからはそれらの施設は北側にあたり、夏の暑さにやられてぐんにゃりしていたうえに、展示館の門扉が固く閉ざされ、復元された石棺もやはり閉ざされていて、萎えちまったのよ。


 

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熊野神社古墳。


 ほれ、
 道の反対側から1枚撮っておしまいだもの。
 やっつけである。
 あはは。
 
 
 南武線を越える。
 

 国立インター入口を過ぎ、
 『関家かなどこ跡』なる史跡に出くわすはずだったが、
 すまん、
 上記のようにぼおおおっとして歩いていたので、通り過ぎてしまったようで。
 あとで調べると説明板だけが設置されてあるらしい。
 ならばしょーがない。
 すぐ先の谷保天満宮に足を延ばす。

 

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谷保天満宮


 関東の三大天神だそうな。
 天神というからには菅原道真公をご祭神にしているわけであり。
 その『三』は、亀戸天神社湯島天満宮とこの谷保天満宮国立市)の三社を指すと。
 敷地もでかい。
 見所もたくさん。
 拝殿の奥の天満宮のほかに神楽殿第六天神社、
 谷保厳島神社もあった。
 神社の幕の内弁当のごとき様相ではないか。


 全体に斜面にあるので階段の上り下りがきついが、売店まであったよ。
 あたしが行った日は売店は閉まっていたが、催しのある日は賑やかなのだろうね。
 駐車場もあるし、樹木が多く森も厚いので、夏休みには遊べそうだ。
 実際、地元の子らが遊んでいた。


 さて、先は長いぞ。
 街道にもどる。


 

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谷保 常夜燈。
 

 またしても常夜燈。
 1794年に設置されたらしく大正期まで使用されていたという。
 甲州道中のほかの常夜燈とおなじく、移設されたもので、もとはほかに建っていたらしい。
 甲州路は多摩川の影響が強いので、洪水やらなんやらで街道の形も変化してきたらしい。
 しかしまあ、街灯のない時代に闇のなか点々と常夜燈がともる光景というのも、味わいたいものであーる。
 
 
 

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青柳 常夜燈。


 このすぐとなりに古い庵があるのだが、なんの解説もない。
 調べると地蔵堂らしい。
 閉じられていてなんだかわからなかった。
 この常夜灯と地蔵堂のあいだに細い道が南進している。
 青柳稲荷への参道で、両サイドは普通の民家が建ち並んでいた。


 日野橋の交差点。
 立川通り、奥多摩街道新奥多摩街道が交差する。
 旧街道を行くにはまず北西の奥多摩街道へ進み、200mほど進んで左折。
 左折ポイントには『旧甲州街道』の案内標識が立っている。
 通行車の喧噪から離れて細い坂をおりていく。


 

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日野橋。新奥多摩街道から奥多摩街道へとつなぐ旧道。
 
 
 なんかやっと旧街道の風情かとおもいきや、ただちに奥多摩街道に出てしまうのだな。
 んが、これを横断。
 多摩川をめざすのだ。
 

 

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日野の渡し場跡。
 

 そうだ。
 むかしは渡し場があったんだよね。
 この石碑のY字路を右に入って土手へ。
 ちょうどトランペットの練習にはげむ学生さんがいた。
 この暑いなか、ごくろうさんである。
 曲調からすると、野球の応援団風かと。
 かっとばせー、何某っ。


 そして立日橋へと出るのだが、
 それはまた次回に。



 ☾☀闇生★☽