壁の言の葉

unlucky hero your key

『ブリューゲル展』東京都美術館。

 『ブリューゲル展 画家一族150年の系譜』東京都美術館 にて


 屋外で催された社内イベント時から降り出した雨が夜通しつづいた。
 この朝もぐずついている。


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 じゃん。
 有休第一日目。
 まずは南多摩日帰り温泉『季の彩(ときのいろどり)』に入り浸るつもりであった。
 もう茹であがってやろうじゃないかと意気込んでいたのだ。
 しかしチャリンコで20分、自転車で露天風呂を目ざすにしても堪能するにしてもいまだ雨は冷たい。
 開店の九時まで逡巡したが急きょ予定を変更す。
 ちょーしこいて美術館に行くことにする。


 混雑しているのではないのか。
 大して刺激は受けないのではないのか。
 飯を食ってから出るか、現地でどこか店を探すか。
 などと行き先や予定をあれこれ考えれば考えるほど出不精になるというおっさんの孤独を悪化させていく傾向にあるので、ともかくも上野を目指した次第。
 ブリューゲル展。
 前情報はまったく頭に入れずにおもむく。


 どうせならと京王線の車内で新しい小説に手を出す。
 『すべての美しい馬』からはじまるマッカーシー国境三部作の第二作『越境』。
 これもまた読書環境が長時間にわたって確保されるタイミングを見計らっているうちについつい読みそびれてきたものである。
 そんな環境など待てど暮らせど向こうから訪れてくるはずもなく。
 自力でどうこうできるものでもない。
 静寂も平穏も自身のなかに構築すればよいのだし、
 己自身が書斎になればよいだけなのであーる。
 

 ハヤカワepi文庫。
 通常の文庫サイズのブックカバーにはギリ入らないという、ちょいと憎いサイズのシリーズ。
 しかたない。
 カバーを脱がし、まっ裸にして読む。
 なまりきった想像力を起動させる。
 冒頭からぐいと引きこまれる。
 例によっていわゆる「読みやすい」文体ではない。
 が、こちらがマッカーシーに読みなれてきたせいか、視点が放浪する牝狼に移るころにはすでにまんまとはまっている。


 上野に着く。
 公園や駅には外国人観光客が多いが、美術館のなかは日本人ばかりである。
 展示内容を鑑みるに、日本でしか見られないものでもないという意識が働くのだろうか。
 彼らは日本ならではのものを求めているはず。
 膨らみかけた桜のつぼみからすると週末の公園はさらに彼らお客さまで賑わうことでしょうと。


 で、ブリューゲル展。
 おおまかに言って三代にわたる画家一族の足跡をたどる展示となっていた。
 順路の前半は風景画や寓話神話を題材にしたもので、油彩のほかにエッチングも多い。
 エッチングとはなんぞや、という話だが、百聞は一見にしかず。つまりまあ、ああいうものである。
 一族の作品のほかにも彼らに影響をうけた画家の作品も並列されているので、解説を読み飛ばしてしまうと、その違いを味わいそこなうことになるでしょうと。


 さてさて、美術音痴なあたくし闇生だが、大味ならばどうにかこうにか感じることはできるわけで。
 テンションがあがったのは、やはり色彩が鮮やかになる順路の後半だ。花や農村の宴のようすが画題となっているあたりである。
 まあね、
 花の色彩と質感には見惚れますよ。
 見事です。
 そこに群れる虫たちもやけに書き込まれていて、だまし絵のように紛れ込んでいるのが愉しい。
 全体に美しさに圧倒されるのだが、重く、厚く、どこかグロテスクなものを感じた。
 鮮やかさの底にある暗さと虫がポイントになっているのだと思う。


 あと思わず吹いたのが、農村の婚礼の宴の様子。
 男どもはなぜかみな股間に張り型のようなものをつけてマエをおったてている。
 女どもも彼らと手をつないで踊っているので、悪酔い、悪ノリでないのだろう。
 この土地の慣習なのか。
 想像するに新郎新婦が子宝の恩恵に恵まれるようにという、そういう意味があるのにちがいなく。
 まことに古きよき素朴な性へのおおらかさがあってほほえましい。
 いまでは蛮習と見なされて絶えてしまったのだろうか。
 

 男根や女性器、乳房を模したオブジェに子孫繁栄や五穀豊穣の願いをたくすお祭や神社は、日本にも各地に残っていますものね。


 館外に出ると春だ。
 気温が上昇して公園の桜はまたいちだんとふくらみを増している。
 新宿で途中下車。
 ルミネの階段下の桜は満開で、お嬢さんたちが一眼レフのレンズを花に向けていた。
 異様に狭い桂花をみつける。
 叉焼(チャーシュー)麺をたのむが肝心のチャーシューが一枚も無くキャベツのぶつ切りと肉(ターロー)のキューブがふたつのっかっているのはどういうことか。
 これ太肉麺?
 ま、いいや。
 と食す。
 中には二人と立てまい、という厨房の狭さで調理をやりくりしているのには感心したが、このスペースの中に拘束されるという店員の精神衛生面も気になった。
 気になったところでどうしてやることもできない。
 がんばれ。
 食べ終わった丼をカウンターの上に置かないでください、との注意書きがある。
 中で働く店員がふりかえりざまに肘などをあてて丼を落としてしまうからだという。
 ようするにそんな狭さだもの、無愛想で当然なのであーる。
 叉焼麺を太肉麺にグレードアップもするだろうさ。
 いらっしゃいませは言ってもらえなかったが、帰りは「ありがとうございました」をいただいた。
 出会いはマイナスから。別れはプラスで終える関係。
 レベルアップ、かたじけなし。





 帰路、『越境』を読み進める。
 ブリューゲル展は4/1まで。


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 ☾☀闇生★☽