『ブレードランナー2049』

 ドゥニ・ヴィルヌーブ監督作『ブレードランナー2049』新宿バルト9にて
 フィリップ・K・ディック キャラクター原案、ハンプトン・ハンチャー原案・脚本、
 ライアン・ゴズリングハリソン・フォード主演。


 ふと思い立って新宿へ。
 22時15分の回をスマホで予約しておいた。


 まず、本作は前作『ブレードランナー』はおさらいしておかないと、楽しめない。
 あの世界を愉しめなかった人には、愉しめない。
 とりあえずこの作品を先に観ようとする人へのサービスは、無かった。
 そして本作に至るまでのお話が3つの短編としてYoutubeで公開されている。
 これも単なるプロモーションではなく、重要。


 もう一度劇場で見ておこうと考えているので、細かい感想は書かないでおく。


 ただ、よくぞここまで世界観を引き継いだなあ、と驚嘆する思い。
 前作への敬意にあふれていながら、単なるノスタルジーを主眼としたサービスにはなっていない。


 そして、前作が打ち出した世界観が、その後いかに市民権を得、さまざまな他の作品に影響をあたえ、引用されてきたかを痛感。
 『ブレードランナー』がなければ『AKIRA』も『攻殻』もなかっただろうし。
 そして、本作はそれら影響を与えたいわば子供たちから逆に影響を受けたであろう部分も散見された。


 なんであれ、三時間。
 濃密だ。


 と、いったところで、欲も言っておこうっと。
 前作の魅力の主柱でもあるハードボイルド感は、ちょっと薄まったかな。
 おそらくは主人公の孤独感が、ホログラムの恋人の存在によってまぎれているからなのだろう。
 ただしあくまで「まぎらわし」であるところに切なさがある。


 音楽。
 ヴァンゲリスのアレが、どこかできっと流れるだろうと期待してしまった。
 んが、うまく雰囲気を引き継ぐにとどまっていた。
 ただ、どかーん、ばかーんというハリウッド得意の効果がうるさい。
 ジャンプでいうところの背景文字の「ど~ん!」的なやつがしつこい。


 ついでに、
 上映中のスマホ見が相変わらず何人かいた。
 闇の中だから、目立つし、気が散るし。
 大概がホーム画面のチェックか、ライン的なのだな。
 前の席の奴は、うしろから背もたれをつま先でノックして抗議したら、そのあとやらかさなくなった。
 隣の席のひとは、やはり前列のスマホ野郎に抗議してやめさせた。
 この現象自体が『ブレ・ラン』ともいえるのだろうが。
 ううむ。
 なんなんだろうかね。
 愉しむ気が無いのは勝手だし、つまらんのかもしれんが、周囲を巻き込むなよ。
 自分の行為が他者にどう影響しているのかを気配りできない感覚は、ハイビームのまま後続してくるドライバーと似ている気がする。
 後続や対向車への配慮がないやつね。
 増えてないですかね。




 でね、
 エンドクレジットを最後まで見守る派と、そうそうに立ち去る派があると思うんだけれど、今回は誰ひとり席を立たずに最後まで音楽を聴きながらクレジットが終わるのを待っていた。
 それなのにスマホを光らせるのだな。
 クレジットの音楽を聴きながら闇の中で物語を反芻、咀嚼したくないのならば、去れよ。
 座り続ける必要はないだろ。
 スマホ光らせてまで。
 そこは残念でした。



 劇場を出ると、花園神社前には露店がずらり。
 大酉祭らしい。
 『ふたつで十分ですよ。信じてくださいよ』な世界を楽しんでから、原チャで帰る。



 
 



 ☾☀闇生★☽