シネマ歌舞伎『野田版 研ぎ辰の討たれ』感想。

 木野錦花 作、平田兼三郎 脚色、野田秀樹 脚本・演出
 中村勘三郎主演。
 シネマ歌舞伎『研ぎ辰の討たれ』DVDにて




 いわゆる善であれ、
 いわゆる悪であれ、
 人の欲望なり好奇心を喚起することにはどちらも違いがなく。
 その程度が、自分には実現されないほどとなれば、内心ある種の理想のようなものを抱いちまうもので。
 遠いほどに憧れる。


 それは建て前も含めての、
 忠義であり、裏切りであり。
 孝行であり、不孝であり。
 義理であり、不義理であり。
 貞淑であり、不貞であり。
 人情であり、非情であり。
 非暴力であり、暴力であり。
 平和であり、戦争であり。
 惹かれずにはおられないと。
 おられないうえに実現が困難であるからこそ、他者に求めようとする。


 それが善であれ、悪であれ。


 この引力が、大衆を大衆たらしめているものであって。
 だもんで、群れるんだ。
 なんとなく、群れてくる。
 群れるほどにその責任も回避できるもんだから、どーんどん群れる。
 始末が悪い。
 その、責任の所在の不明なる巨大な『空気』は、大衆的圧力として標的を渉猟してやまないのであーる。
 ようするに、のさばると。


 それが善であれ、悪であれ。


 見世物、とはつまりがそういうことなのだろう。
 そこんとこを作為的に突くか、あるいは突かれて追い込まれちゃうか。


 歌舞伎こそはまさに見世物の代表であり。
 その歌舞伎でもって、大衆の見世物として散った一人の男を見世物として描くという、本作は入れ子になっているとあたしゃみた次第であーる。


 作中、芝居への愛と哀が込められているのは、そこだね。



 平成17年5月 歌舞伎座での公演。
 野田と勘三郎あっての、研ぎ辰。
 その後の動きを見るに、日本演劇史上の記念碑的な一作でしょう。
 ごちそうさまでした。





 ☾☀闇生★☽