読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

言わない。

 人生ってのは、あれですな。 
 商売みたいなもので。
 ともすれば混同しがちなのですが、独立するというのは、なにも孤立するということじゃないわけであり。
 そして自立もまた孤立とは異なっていて。
 その規模は、(有)闇生商店だか闇生物産(株)だか環境や経験によってさまざまでしょうが、
 まあ、顧客から取引先から投資家からご近所さんやら関係各位までふくめていろいろなつっかえ棒にささえられているわけです。
 あたくしという存在は。
 それら他者をひっくるめてぜ~んぶお客だと見なすことができる。


 商売ととられえれるとなるとこの時代、クレーマーがやっかいではございますな。やっぱ。
 んが、
 それをその都度ぷちぷちと言い負かしていったところで、なんてこともない。
 言い負かしに生産性は無い。
 クレームというのはその奥底に商売のヒントを埋蔵しているものであり。
 それはクレーマー当人の自覚できない部分であることが多いので、それをヒントにするかストレスで終わらせてしまうかは受け手の読解力によりますが。
 ときに裏読みも深読みも必用です。
 逆読みもあるでしょう。
 そしてそれらは思考停止の土下座をやらかしていれば読み取れるものでもない。
 独立した精神にしか読み取れない。
 解答を導きだすのは決して簡単ではないが、問題はそこに提示されてはいるのです。


 そうなると商売でもっともこわいのは、黙って去っていく客でしょうか。
 苦情もないので問題も出されなければ、ヒントもない。原因もわからない。
 じりじりと客足だけが遠のいていく。
 むろん幸福感というやつは、人気や好感度だけが尺度ではないのでしょうが。
 なんせバナナのたたき売りから薄利多売の大衆店から、一品一品こだわってつくる職人かたぎの店やブランド屋までスタイルはいろいろあるでしょうからね。


 なんにせよ、
 繁盛しようがしまいが、独立(自立)してやっていく、ということは孤独にほかならないのです。
 人は孤独。
 そしてだれも孤独から逃れることはできない。
 ならば孤独を充実させりゃいいのですな。
 させましょうよ。
 充実した孤独は、少なくとも無人島の孤立状態で達成することは困難だろう、という想像はできます。


 不可能、とは断言しません。


 八方美人をかますにしろ、
 あたりかまわずつっかかって自己主張するにしろ、それは勝手です。
 競争するなり、無愛想をかますなり、
 ケンカもしたけりゃすればいい。
 それもまた関係にほかならないからです。
 繰り返しますが激務の人気店であることが幸福かどうかは、人によります。
 けれど黙って去っていく客については、どーしよーもない。
 ひとりふたりと去る客をゼロにすることに躍起になるのも考え物ですが、誰も彼もが大挙して黙って去っていくようなら、それこそ考え物でしょう。
 独立のつもりが孤立していたということになりかねない。
 いわずもがな「去る」とは「心の離れ」も指しています。




 心の声を聞け。
 だなんて使い古されて、なおかつ安っぽいですが、
 ときどきは耳を澄ましてみようじゃあーりませんか。
 ねえ。



 ☾☀闇生★☽