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『乱』4Kデジタル修復版 感想。

 黒澤明監督作『乱』4Kデジタル修復版
 恵比寿ガーデンシネマにて



黒澤明監督の晩年の最高傑作『乱』を4Kです
 (この予告につけられた前半の音楽は本編にまったく関係のないもの。原作ファンはげんなり……。なんじゃこりゃ……)



 4Kの恩恵は自覚できず。
 前より汚くなったような印象すらある。
 んが、それはVHS時代にちっちゃなモニターで繰りかえし観てきたからなのに違いなく。
 ブラウン管だと色彩が単純化されるし、
 なおかつちっちゃい画面だとそれが凝縮されるからね。
 それで目を養ってきてしまったのだから仕方ない。
 あたくしの目が貧しいだけのこと。


 冒頭の牧狩り。
 獲物を待つ武将たちを背景にメインスタッフのクレジット。
 空の青と雲の白、
 そして草木の緑。
 コントラストが目に染みるようなオープニングだったはずだが、この空を汚いと感じてしまった。
 4Kデジタル修復ってこんなもんか、と開始早々に画質についてはあきらめた次第。


 ともかく、
 あたしゃおそらくは15年は観ていない。
 よって記憶と違っているところが多々あって、そこを楽しもうと決め込んだ。

 
 音楽も、こんなところでこんな音楽なっていたのかと驚いたり。
 夜宴で狂阿弥がうたう『風のなかのひょうたん』も、アカペラだと記憶していたが、違った。
 あきらかなスタジオ録りの笛と鳴り物がつけられていて、それがこの野外での宴の臨場感を削いでしまっている。
 記憶とはまるで違う。


 人物たちが動かずにセリフを応酬させるシーンでは、黒澤は決まって背景を動かしたもので。
 それは風であり、雨であり、行き交うエキストラたちであり、アングルであり……。
 画面はつねに視覚を退屈させないよう工夫されていた。
 しかしこの作品に限っては、そのての動きが控えめなのだ。
 止まった画面が目立つ。
 むろん意図的にしたのだろうが。
 人によってはあくびを誘発されることでしょう。


 荘厳とか、絢爛とか、芸術とか形容される反面、この映画のユーモラスな一面はあまり語られない。
 しかし今回劇場で鑑賞してみて、案外と受けていることがわかった。
 鉄(くろがね)のきつねのくだりなどで笑いがおきていた。


 女の身ひとつでの楓の孤独な『戦』。
 タイマンで二郎を調略するあの舞のような殺陣からの一連の流れ。
 当時海外ではこのシーンで拍手がおこったというが、なるほど何度見てもいいリズムをしている。
 しかも長回しで。
 悪女。鬼女。妖女と変化する狡猾なる狐の執念。
 原田美枝子万歳!


 発狂した秀虎と狂阿弥。
 狂阿弥の孤独を、今回は強く感じた。
 マンツーマンの独身介護者が増えているご時世であのやりとりを見ていると、身につまされる。
 作中では説明されてはいないが、狂阿弥は幼い頃、秀虎の寵童でもあったのではなかったか。


 楓の方の暗躍の一方で、秀虎のおんなたちはただ「おんなたち」に終始する。
 正室は他界していて、あとは側室たちだけなのか。
 夜襲を受けたときに寝屋をともにしていた女性も、顔すらあまり映らない。
 むろんそこにも秀虎の性格が出ているのだろう。


 三郎の役どころは、もっともっと躍動していいとおもった。
 やんちゃでいい。





 チラシに『Introduction』としてこう謳われている。


世界に冠たる不朽の反戦叙事詩、云々かんぬん」


 作り手側、売り手側が解釈を強制するな。
 よい作品は多面体であるはず。
 時代や状況によってさまざまな方向にさまざまな色彩の光を放ってこそ作品は生き続ける。
 それを一面的にするのは愚かだろう。
 殺しているだろう。
 ましてや『反戦』アプローチの最大の敵こそが『反戦』という言葉だというのに。


 確か『八月の狂詩曲』の記者会見でも、黒澤はその手の解釈の強制を嫌ったとおもう。
 映画という美しいものをとりたいんだと。
 言いたいことがあればそれを一筆書いて貼っときゃいいんでね、と。
 わざわざ映画にするまでもないのだと。




 追記。
 主なき国の行く末。
 上に貼った予告動画や宣伝のセンスが、まさに黒澤亡き後の黒澤映画の扱いをあらわしていておもしろい。
 なんで本編に関係ない音をつけるのかね。


 追記の追記。
 むかしエロ屋につとめていたとき、
 エロDVDのパッケージ写真に取り上げられてあったシーンが本編中にはなかったぞ!
 とのクレームをお客さんからいただいたことがある。
 裏ジャケでは猿轡のシーンがあるのに、本編ではそれがなかったと。
 インディーズ系のちっこいメーカーの作品だとよくあるんだな。これが。
 なんかね、予告編をみていて、ふとそれを思い出した。
 
 
 そういえば『影武者』の予告編では本編に関係のないカラヤンペールギュントがつけられてましたな。
 あれはたぶん黒澤が音楽監督にイメージを伝えようとしてつけたものを、そのまま予告にも使ったのでしょう。
 あのときは時間の制約でそうせざるを得なかったのでしょうが、やっぱ今見てもつらいなあ。

 


 でまた追記。
 乱の撮影後、スタッフたちと酒を酌み交わしながらの座談会が収録されて『黒澤明と仲間たち』というタイトルでビデオになっていた。
 その中でも黒澤は宣伝に対して憤っていたっけ。


 乱 急迫


 勝手なことを書くなと。





 ☾☀闇生★☽