壁の言の葉

unlucky hero your key

絶賛発令中。

 最近おなじアパートに引っ越してきたらしい中高年が、夜通しふぁーふぁー叫んでうるさい。
 さながら長時間のデスクワークによる緊張から解かれてこわばった体をぐーんと伸び一発でほぐすとき、おもわず漏れてしまうあのあくびのような。
 あるいは厳寒の屋外から帰宅してすぐ、湯船につかると同時にこぼれるため息のような。
 そう、あの「ふぁー」を大音量でかましてくるのだ。
 それはゴルフでやっちまったときに叫ぶ「ファー」に似てもいる。
 けれど隣人の「ふぁー」は無駄な力がすべて解除され、リラックスの極致での全力ふぁーだ。
 おそらくは発声法的な意味において正解。
 んが、公共的には不正解という。
 空襲警報かなにかのようにアパート中にとどろいている。
 無職なのか昼夜が逆転しており、警報は深夜や未明に連発されることがある。
 で、なんかぶつくさ言ったりする。
 どたどた床を踏みならすように歩きまわったりもする。
 さてさて、どんな人なのかと気がかりでいたのだが、今朝、ゴミ出しではじめて遭遇した。
 思い描いていたとおりの酔いどれであり、その末路であり、おっさんだった。
 酒焼けした赤い顔。
 もうすたすた歩くことはできないようで、ガニ股でよたよたしている。
 いちおうあいさつをしておく。
 すると「ちょっとそこで待ってて」と自分の部屋にもどっていくではないか。
 はて、何事かと待っていると、しわくちゃのコンビニ袋を携えて出てきた。


 「これ。アメだから」


 中をのぞくと、なるほど、いろんなキャンディが山ほど投げ込まれてある。
 バターボールとか、
 黒あめとか、
 小梅ちゃんとか、
 いちごみるくとか、
 パインあめとか、
 黄金糖とか。
 なんか公民館のお茶菓子風情なやつばっか。
 するとおっさん、
「なめて」
 とドヤ顔のビッグスマイルだ。
 











 あたーんす。












 

 その風情をありがたくいただく。
 今夜もふぁー発令中。






 ☾☀闇生★☽