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『足跡姫』感想。

 NODA-MAP第21回公演
 野田秀樹作・演出『足跡姫』~時代錯誤冬幽霊~
 東京芸術劇場 プレイハウス
 14時開演
 S席 1階H列3番


 座席の配置図をあらかじめチェックする。
 ステージには近いがかなりシモテに寄っている。
 しかし実際に会場についてみるとそのシモテ寄りに花道が設けられていて、花道なめで舞台が見渡せるのはうん、悪くはない。


 いや、始まってみると女歌舞伎発祥のころに溢れていたであろう活気ある猥雑さ、エロさを堪能できる好ポジションといえた。
 おっさん、目のやりどころに困って、何度もどぎまぎさせられた。
 むろん宮沢さんもアンサンブルの女優陣もちゃんと着てはおられるんですがね。
 おられるんですが、芝居ってのはあれですな。やっぱ声もふくめて身体を愛でるものなのですな。
 そのうえで、こちらの想像力をいじりたおしてくる。


 んが、
 どうせだから欲も言っちまおう。
 この芝居、踊り子たちのつける足跡が視覚的に重要なイメージになっている。
 そのため、その舞と足跡が見下ろせる二階席からの眺めのほうが、より楽しめたかもしれないと。
 つまるところ、席を変え、リピートしてもまったく別の趣があるということなのであーる。


 さて、本作は野田と親交の深かった十八代目中村勘三郎へのオマージュ作品であるという。
 んが、十八代目について想いを馳せるということ、
 それはつまり歌舞伎へのオマージュであり、
 ひいては演ずる者、
 形の残ることのない身体表現芸術にたずさわる者たちへのオマージュにもなるわけで。
 ならざるをえないわけで。
 勘三郎へのオマージュであるにも関わらず勘三郎も、勘三郎役も登場しないというこの劇の構造自体が『足跡』なのに違いない。
 ゆえに、中村勘三郎について詳しく知らなくても楽しめる作りにはなっていた。


 と、
 そうことわったうえであえて書けば、
 生前、勘三郎に熱望され、構想されつつもついに実現することのなかった『贋作・桜の森の満開の下』歌舞伎版へのおもいを、野田は盟友として、ここでこういう形*1で成就してやったのだろうと思うと、このおっさん、鼻水ぢゅるぢゅるでした。
 何年ぶりかね、芝居でこんなにも泣かされたのは。


 カーテンコール。
 アンサンブルのおねえさんの一人も、泣いてました。
 いいことです。
 慣れに狎れはじめて気持ち的にダレてきてもおかしくはない二か月もの公演のちょうど折り返しあたり。主役ではなく、アンサンブルの人がそうまでなるというのは、あれじゃないでしょうか。
 チーム内にいい緊張感が持続しているということじゃないでしょうか。
 とりわけその他大勢を演じる役者たちというのは、観客からはあらさがしの格好の餌食となります。
 というか、探さなくとも目立っちゃうんですな。ちょっとでも劇世界から浮いたり下手をこくと。
 ましてやこの芝居では、すべての演ずる者が想われる構造になっているわけでえ。



 近年メジャーどこではお約束となったスタンディング・オベーションにもならず。
 拍手だけが鳴りやまないカーテンコールは、観客が余韻におぼれ、そこにひたりつつ考えを巡らせているからであり。
 足跡だけ残して消えていった演ずる者たちへの追悼のあらわれなのである。






 そこに居たはずの足跡の主を、思った。






 出演は宮沢りえ妻夫木聡古田新太佐藤隆太鈴木杏池谷のぶえ中村扇雀野田秀樹





 全公演、当日券を出すという。
 チケット高いけどね。
 観といて決して損はないよ。
 3/12まで。


 ☾☀闇生★☽

*1:こういう形で成就……。『贋作・~』の、あの降りしきる満開の桜の下でのクライマックスをまんま歌舞伎版にするのではなく、歌舞伎者へのオマージュとして再生してみせた。