花水。


 昨夜の現場は雨で中止。
 雨なのに鼻水がしとどに垂れてくるというのは、やはりあれか?
 花粉症ではないということの証左なのか?
 駅のトイレにて『小』を済まさんとうつむいたとたん、ぽたたたたたたっと垂れたのだ。
 あわや息子に直撃するところではあったが、腰をひねって華麗にかわした次第。
 いや、顔の方をそむければよいではないかと、独り笑ふ。
 おしっこは終われども、わが洟はとまってはくれず。
 息子をしまい、洟を便器にこぼしっぱなしにしたままハンカチをさがした。




 潮を吹く。
 もしくは「吹かせる」という表現が一部では、ある。
 あまりの唐突な事態に唐突なことが頭に浮かんでしまった。
 すまん。続ける。
 潮を吹く。 
 いまではすっかり市民権を得て、はばかりながらも囁かれる隠語から、淫語へと出世した言葉ではあるが。
 いったいいつごろからあるのか。
 そしてあの潮なるものは、どこから来てどこへ行くのか。
 そんな議論がかつてあった。
 いや、無いが。
 あの正体は、して成分はなんぞやと。
 映像では噴水のごとくに放出される方もあって。
 なにより、いったいあれだけの量の液体が、人体のどこに貯蔵・格納されているのかと。
 そんな謎はともかく、あたしの洟は垂れつづけているのである。
 駅のトイレで。
 締め忘れた蛇口のように、ぽたたたたたたたっと。
 この洟は、どこから来てどこへ行くのだろう。
 
 
 

 そういやこないだの夜勤は雨上がりのぬくい夜で、そのせいで濃霧状態となった。
 夜の霧のなかで群れ動く誘導灯や夜光チョッキの点滅は、幻想的で。
 ヘッドライトに照らしだされるユンボのシルエットは、さながら恐竜の首のようだ。
 そんななか、ベテランの先輩が若い後輩に無線で教育をしている。
 片交をしながら。
 誘導についてではなくて、若くして警備員になんぞハマるなよというお説教である。
 底辺が自分の仕事を卑下するのはあまりかっこうのよいことではないのかもしれないが、若く、かつ言動の反射神経が鋭敏であるにもかかわらず、警備の仕事にやりがいを感じるのばどうかと。
 そんなフシが、そのコにはあったのだ。
 ようするに、警備員で終わるのはもったいないと。
 新しいことをおぼえるのは新鮮だし、そこで自らを認められていく日々というのは、快楽だ。
 なんの仕事でも、状況判断能力ということで繋がっているはずで、そこが意識できてさえいれば決して無駄な経験にはならない。
 んが、所詮バイトはバイトである。
 その会社がブラックでもないなら、責任やノルマからの逃げようもふんだんにあるわけで。
 んなとこにハマっちゃいかんと。
 しかしそのコは言う。
 もう30歳だし、オレ終わってますと。
 なにを言うか、である。
 警備にそまるにしても、せめて社員を目指すなら話はわかる……。
 



 というやりとりは、
 その無線を聞いているはずの第三者。就活浪人の決まった学生新人君を意識して交わされていたのであった。
 同じような経緯で、大学を出たにもかかわらず警備のバイトをつづけて中年どまんなかになってしまったベテランが、何人もいる。
 社会人に一度もならずにバイトだけで青年期を終えてしまった奴ら。
 ただベテランというだけで、バイトから社員になって幹部にまでのぼった後輩を「ちゃん」呼ばわりし、大きな態度をとったりする。
 そんな大人は糞だろうと。
 一身上の都合で脱サラし、親の介護をしながら警備をつづけるそのベテラン氏のお説教は続くのだ。
 奴らみたいになるなよと。
 せめて一度は社会に出ろよと。


 ハンカチを見つけて鼻をおさえる。
 あたしも同意見だ。
 だもんで、後輩だろうが年下だろうが「さん」付けはやめないし、基本的には丁寧語で接している。
 それは相手を思いやってのことではなく、自分をのさばらせないようにしているつもり。
 自戒。
 若輩を小僧扱いすることに狎れてしまうのも厭だが、小僧扱いされることに狎れられてもどうなんよ、ということである。
 あれはあれで逃避であって楽だからね。責任感がなくって。





 40、50は洟たれ小僧。
 ほんとに洟に悩まされる闇生ちゃんなのであった。






 ☾☀闇生☆☽