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期待のおっさん。


 志を抱く若者の話を聞いてやり、
 なんでも相談にのって、
 賢しらにアドバイスなんぞするおっさんにこそ、要注意ぞ。
 そこにはなんの責任感も発動しておらず、ただ、良いおっさんぶりたいという下心があるだけですから。
 教えたりアドバイスしたりというのは、おっさんにとって安易に浸れる優越感なのです。
 そこにひたりつつ、人気もとれるという旨味がある。
 仮に、そのアドバイスに従ってあなたが失敗しても、良いおっさんはなんの責任もとれません。
 それでいて相談する方は、まるで何か保険かなにかのように期待せずにはおられない。
 いや、相談する方にも下心はあるはず。
 周囲にすがりたいほどまで揺らいでいるからこそ、おっさんなんぞに相談したのだろうけれど。

 
 半端なやさしさは、かえって当人のためにならんのです。
 逆にやさしくするなら、死に水までとる思いでとことんしないと、やさしさにはならない。
 

 いやいやいや、アドバイスはアドバイスであって、それを採用するしないの最終的な決断は自分なのだから、責任は自分にある。仮に失敗しても良いおっさんからのフォローなんぞ求めません。なんていうなら、はなからおっさんに「良さ」を求めるな。
 それも身近なおっさんにさ。
 あなたがいくら「自分の責任」だと主張しても、良いおっさんは責任もとれぬくせにうしろめたさは感じるのだ。
 そんな殺生な。




 どんなにちゃんと生きようとしても、人はどこかでかならず批判されるし、否定される。
 むしろ肯定されることのほうが稀。
 それが世の中。
 ならばおっさんの活用法は、この先大量に押し寄せるに違いないアンチにそなえるシミュレーションとしてではなかろーか。
 ならばおっさんは若さに対する批判者であってこそ。
 
 





 おっさんに良いも悪いもない。
 おっさんは、おっさんだ。
















 と、闇おっさんはアドバイスしておく。





 Tears For Fears - Advice For The Young At Heart







 追記。
 安易に人を『良し悪し』や『好き嫌い』で仕分けしないこと。
 で、それをがっちりと固定しないこと。
 立川談志曰く「いい奴ってのは自分にとって都合がいい奴をいい奴って言っているに過ぎない」とのこと。
 そんなてめえ勝手な価値観なんぞ、ひと晩でひっくりかえることはざらだ。
 てめえも、その状況も、生きている以上は変化しつづけているのだから。
 ならば都合の良さだって、変わらざるをえない。
 食べられなかったトマトがひょんなことで食えるようになったり、
 あれだけ吸ってたタバコをあっさりやめられたりするようなことは、価値観のうえでも往々にしておこること。
 人は多面体。
 別角度からの光景もあるのだということ。
 濃密な時間と、思考の柔軟性は若さの強み。
 



 あ。
 追記。
 思考の柔軟性は、生まれながらに持っているものではなくてね。
 つまり若さがことごとく柔軟であるというわけではない。
 その可能性をふんだんに持っているということにすぎない。
 それはむしろ増強されず、かつほぐされてもいない筋肉のようなもので。
 かちとっていくもの、らしい。
 で、維持していくべきもの、らしい。
 そして筋肉はやわく、強く、しなやかなれども、骨は、柱は、図太く強固であるべきかと。
 ともすれば、その骨までひっくり返そうとするのが若さのこわさ。
 





 ☾☀闇生っさん☆☽