抱く人たち。

 その人は、
 現場のアタマとしてどれだけ「責任感」を持ってコトにいどんでいるのかをやたら周囲にアピールするのだ。
 何かあった場合に矢面に立って、当該隊員を全力で守るといってはばからない。


 うん。聞こえはいいさ。


 んが、責任と義務と自由というのはワンセットではないかと思うのだ。
 ぶ厚い責任感で他者を守るということはその者の自由を封じ込めることにもなっていやしないか。
 抱擁と束縛は加減とその解釈のちがいに過ぎない。
 義務を全うする楽しみすらも奪いかねない。
 責任を持つのだから好き勝手にはさせない、という気分がどうしたってそこに生じるだろう。
 飼い犬と飼い主の関係だ。
 飼い犬の粗相は、飼い主が頭を下げるものだし責任をもつのが常識で。
 その条件で犬の自由も奪っている。首輪もつけるし、避妊手術もすれば、しつけもする。
 けれどあたしゃニンゲンだ。
 そんな現場がおもしろいわけがない。




 配下には自由にやらせて、トラブった時だけケツを持つというのが理想のアタマなんだろうけどね。
 なかなかそうはいかないし、その守られてる感がある以上は自由も薄味だ。






 追記。
 そういやエロDVD屋に勤務していたころ、
 緊縛は束縛ではない。抱擁である、とのたまったM系の常連さんがいらした。
 けだしメイ言かと。




 ニンゲン、抱いているつもりが、その実、自分のほうが抱かれていたりして。
 束縛しているつもりが離れがたくなっているのは自分の方だったりする。
 たとえば巷の親子関係でも、そーゆーことあるでしょ。





 ☾☀闇生★☽