『騒ぎ』がつくか、つかないか。

 どうでしたか。みなさん。ハロウィンは。
 お盛んでしたか。
 あたしゃ当日の深夜に、例の狂騒の渋谷におりましたです。
 もちろん、ケービの仕事でね。
 大変な騒ぎでした。
 からまれないかと、そればかりが心配で。
 ひとりがからみだすとああいう状況だもんで、周囲が相乗りしてくるおそれがありますでしょ?
 俺も俺もと。
 何がきっかけで暴徒と化すかわかったもんじゃない。
 でもまあ、みなさん、お盛んでした。


 地方で恒例となっている成人式の騒動などを見ても毎度毎度おもうのだが、お祭りとは本来こうして始まったのではないかと。
 そこへ理屈があとから追いついたのではと、あたしなんかは夢想してしまいます。


 若さゆえの衝動的な『騒ぎたい』『目立ちたい』『自己を顕示したい』がまず潜在していて、そこに何かしらの理由付けが発生するということでしょうか。
 たまった油に火がつくと。
 火だねはちょっとした静電気であることもあれば、お隣からのもらい火や対岸の火事であることもあって。
 あるときはそれが雨乞いとしてオチがついたり、五穀豊穣や無病息災となったり。
 一揆やええじゃないか、倒幕、はたまたマルクス理論やベトナムに端を発したつまるところの学生運動となったり。
 あるいは宗教の体裁を拝借してカルトになったり。
 その騒ぎを外野から冷やかしてマルクスやハロウィンや宗教のそもそものところを賢しら顔に説いたところで、そんなのは同じ阿呆の見る側の理論であって、踊る側の胸には届きっこないのです。はい。
 もう踊っちゃってるんですから。止まらない。


 ただしその原動力は『騒ぎたい』『目立ちたい』『自己を顕示したい』ではあるものの、肝心かなめの『自己』がまだ立っていない段階であるからして、とりあえず模倣に走りますな。
 走るんです。
 安易ですから。
 考えなくていいですから。
 えっさほいさと走ろうじゃあーりませんか。
 なんであれ、創造は模倣から始まるものなのです。


 いや、
 『段階』だなんていやらしい言い方をしてしまったな。
 上からのたまっている。
 騒ぎ方、目立ち方、自己アピールにオリジナルなものを持つ人なんてそうはいません。
 大人になっても、まずいない。
 だから、あれだけ騒いでも爆音で轟かされる音楽もありものならば、その音量さえもただの機械まかせに過ぎず、当人の技量は問われもしなければ表れもしない。
 仮装もありもので(そもそも仮装とはそういうものなのだろうが)、なおかつ同じ格好でつるむという。大胆に露出してはみたものの、似たような露出のお友だちどうしでつるんで離れないと。
 盛大には爆ぜきれずにぷちぷちしちゃうわけです。
 仕方ありません。
 オリジナル曲を持ち込んでオリジナルキャラの扮装でオリジナルなダンスをかましつつオリジナルな言語でアジったろ、なんて人は、あの場に来ないでしょう。
 てか、これないか。
 それでいいんです。
 お祭りなんてものは。
 あたしらは所詮はそんな程度であるということをわかち合う集いであると。
 ショッカーであり汁男であり、せいぜいがストームトルーパーであると。
 群れてなんぼだ。文句あっか。
 アマデウス側ではなく、どんなに頑張ってもサリエリ側でおわるだろうと。
 たったひとつの優秀な精子を聖なる卵子まで送り届けるためだけに、押し合いへし合いし、流し流されてつつ朽ちていく、その他大勢にすぎないのだと。
 それが使命だと。
 たかだかそんな身の丈を、わっしょいわっしょい受け入れようじゃないかと。


 んがしかし、


 ならば、である。
 その担いで運ぶべきもの、
 あるいはわれら凡庸人が守り目指すべき聖なるものぐらい、この際、設定したいものであーる。
 もう名前も変えちゃいましょうよ。
 ハロウィンだなんてやめてさ。
 こないだなんか、冷凍ギョーザのパッケージにまでハロウィン・セールのカボチャマスクのシールが貼られてたし。
 便乗商売も、便乗すべき対象をつかみきれないままとりあえずのっかっとけー、みたいな感じしません?
 ユーモアすらない。


 祭りの切っ掛けは確かにハロウィンだった。
 けれど、もはや騒ぐための方便に過ぎなくなっているのならばそこは輸入してアレンジしてオリジナルにしてしまうのを得意とするニッポンジンじゃないですか。いっそ、それらしいお祭りに作り変えちゃおうぜと。


 となれば、そこはやはり道なかばで前のめりに果ててゆくしかない精子の群れのひと粒として、聖なる目的地がほしいですな。
 自由課題というのが、どうにも殺風景なのだ。
 制限なりルールがあってこそ遊びは面白いのであって。
 弾けられるのであって。
 みそっかすほど悲しい自由はないでしょ。
 その額縁を、どこにどの程度据えるのか。
 絵画の本質はその額縁にあり、とは自由のミソはルール作りにあるというこった。


 むろん、それを誰かが机の上でつくるなんてのも噴飯なのですが。


 立てない自己の自己アピールなんていうちまちましたもんじゃなくてだな。
 自身より大切な何かのための自己犠牲、その姿勢を祭りにあらわそうじゃあーりませんか。
 そうでなければ、胸の油は十分に燃焼しません。
 できません。


 なんでも、オリジナルの語源はオリジンとのこと。
 Originとは源泉とか、起源とかのことでございましょ?
 ならば汲みだそうじゃありませんか。胸の奥底ふかくに下りて行って、掘って掘って水脈を掘り当てようじゃありませんか。
 ただの『お祭り騒ぎ』が『お祭り』として定着するための額縁のありかは、その方向にあるのは確かなようです。






 未明。
 勤務を終えた帰り道、
 繁華街からはずれたところで世界的な某アニメキャラクターの着ぐるみ男に遭遇す。
 頭部を抱え、素顔をさらして黙々と歩いていた。
 ひとりだった。
 ケービ中も見かけた。
 やっぱりひとりだった。
 また街の中心部を目指すようだった。
 なにを求めているのか、彼はずっとその道を往復していた。


 ふりかえれば、ひとりで彷徨っている仮装人が、結構いた。
 メイクはしているが表情に喜怒哀楽は無く。彼らはだいたい『素』だった。
 女ゾンビもウォーリーもバカ殿も『素』だった。
 なんなら隅っこで酔いつぶれてほったらかしにされているのもいた。
 それととりあえず騒ぎに便乗したがっている外国人が多いね。たぶん露出系目当てのナンパ目的の。
 対照的に、閉店したファストフード店のゴミ出しをしている黒人店員の疲れ切った背中が印象的だったな。
 おつかれ。
 仕事であの騒ぎに関わった人たち、おつかれ。





 追記。
 あそうか。
 『属したい』も作用しているのか。




 ☾☀闇生★☽