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やさしくないチラシ。

 ケービの同僚には芝居をやっているひとが何人かいる。
 で、彼らの多くが宣伝として公演のチラシを会社においたりする。


 でね、


 観に行く・行かないは別としてあたしゃチラシそのものに興味があるので必ず手にしてはいるのだが。
 少なくない確率で不親切なチラシに出くわすのだな。
 それはもはや宣伝といったレベルではなく。
 仲間同士の連絡のレベル。
 「土曜の夜、いつものメンツで西荻で飲もか」のレベル。
 それを他人に見せられてもなあ、と。
 たとえば劇団名と演目のタイトルと、役者の顔と名前、それから公演日時と場所だけだったりするのね。


 むしろ一番知りたい情報はそこじゃねえんだっつの。
 おもしろそうかどうかなんだっつのっ。
 面白そうなら、SNS的なアドレスさえくれればこっちから探すっつの。
 よーするに伝達の原則である5W1Hすら守られてないのね。


 いつ(When)、
 どこで(Where)、
 だれが(Who)、
 なにを(What)、
 なぜWhy)、
 どのようにHow)


 この「Why」と「How」こそが「面白そう」を感じさせるポイントだろと。
 ましてや無名ならばなおのこと、そこに込めろと。 


 案の定このたびも無名の劇団だった。
 こっちゃ「え?」となっちゃうわけ。
 いや「え?」となればまだいい方だ。
 芝居に興味のない人は、そのまま興味をくすぐられもせずに「ふうん」で終わるに違いない。
 チラシへの感想すら浮かばないだろう。


 たとえばそこに「三谷幸喜」だとか「宮藤官九郎」「Noda-map」なんて表記があれば、あえて内容を隠す『引き』の宣伝もアリかもしれない。
 もしくは演目の知名度。シェイクスピア原作とかね。


 百歩譲って、タイトルが秀逸でそこですでにひとつオチているとか。
 このセンスはただならない、というチラシのデザインだとか、それならわからないでもない。
 それでも、そのあと料金を見て、好奇心と料金を天秤にかけてしまうものなのであーる。人っちゅうもんは。
 見たこともない無名の馬に賭けるかどうかというギャンブルになってしまうのだ。


 ま、普通は賭けないわな。
 そのお金で映画でも観に行くわな。
 

 そのチラシにある役者たちは無名に近く、
 演目も、作者も、演出家も、検索してみるかぎり少なくとも万人に通じる知名度ではないと。
 しかも『旗揚げ公演』とあるではないか。
 はじめまして、というわけだ。
 対人関係なら簡単な自己紹介くらいあっていいよね。
 魅力や特技くらいアピールしてくれていいよね。
 ましてやおカネをいただくのだから。

 
 隅から隅まで探したが、チラシには劇団のカラーも、ノリも、目指すところも、説明されていなかった。
 演目がコメディなのか、ファンタジーなのか、ラブストーリーなのか、ホームドラマなのか、社会派のメッセージ盛りだくさんなのか。
 皆目見当がつかない。
 あらすじすら無いのである。


 たとえばこれが飯屋だったらどうだ。
 何を出すのかわからない店。
 食べ物屋であるらしいことはわかるのだが、聞いたことのないメニューだけが表示されてあると。
 入ります?


 好奇心をそそり、怪しさをウリとするなら、それもありだろう。
 精一杯あやしくやってほしいものだが、このチラシにはそんな匂いもない。


 なんだろう。
 こういう慣習なのだろうか。芝居って。
 売ってなるものかと。
 といってむせかえるようなアングラ臭も前衛感もないんだよなあ。
 

 本当に観に来てほしいのだろうか。


 それとも、ともだちや身内だけをターゲットとした催しなのか。
 はじめて観る無名劇団に「おなじみ」のギャグやキャラを出されたり、客いじりをされると閉口するもので。
 にもかかわらず、少なくない小劇団がそれをやりたがるのよねえ。
 マイ・シリーズを。
 赤の他人の結婚式の二次会にまぎれこんじゃったような感覚になることがある。
 あれはあれで当人たちは楽しいのにちがいない。
 来たあたしがバカでしたとあきらめよう。 
 


 芝居そのものの魅力というものはチケット買ったあとに体験するものじゃないのかね。
 つまり観たあとにわかるもので、チラシや宣伝というものはそれ以前のことではないのかね。
 飯屋なら前菜ですらない。
 「うわあ、おいしそう」と思わせるメニューなり、食品サンプルなり、店構えや雰囲気なりといったところである。



 あたしってばやさしいからこのたびは検索しちゃったよ。
 それでもわからなかったね。
 例によって例のごとく公演のためのHPやツイッターが開設されているのだが……。
 稽古の日々を日記にしているのだが、うううううううむ、ただの日記だ。
 たがら、あんたら有名人じゃないんだからさ。
 稽古の合間に何食ったとか、出演者のお茶目な一面だとか、稽古の後の疲れ切った表情だとか。
 そんなの報告されてもさ。
 それがメインディッシュの宣伝につながっていなきゃ意味ないでしょと。
 プレゼンテーションになってないじゃんと。
 演目のチャームポイントも、セールスポイントもまったくもって不明。
 やっぱりどういう芝居なのかわからない。
 どういう劇団なのかものわからない。


 これではせいぜい「知り合いが出ているから」という動機しか、引き出せない。


 あ。
 わかった。
 芝居をしたい。という動機に終始しているのだ、この人たちは。
 楽しませたい。に直結してない。
 歌いたい。という動機がカラオケ止まりなあのストレス発散の感じなのだろう。
 なので、それをおカネを払って聞かされる客への思いやりがない。
 それを聴いて何を得するの? させるの?


 演者側の「芝居をしたい」という動機をひろうのが、観客側の「知り合いが出てるから」という動機で、いいのかよ。ほんとに。


 初対面に「観に来てください」の連呼だけで人はこないよ。
 初対面でただただ「付き合ってください」の連呼をしているようなもので。
 観に行ったら自分にどんなプラスがあるのか、それを知りたいのだ客は。
 魅力をアピールしてくれんことにはさあ。




 表現芸術であれ、おカネをいただく以上は商品なのであーる。
 という意識でプレゼンしなきゃだーめ。
 それあってのクロージングである。
 チケットを買う、というのは前払いの契約なのだから。




 たのみますよ。ほんとに。
 ちゃんとしてください。





 追記。
 でもって公演がおわるとHPほったらかしになんだ。こーゆー人らは。
 知ってんだ。
 そんなやっつけでお客をよろこばせることなんかできないって。



 ☾☀闇生★☽