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公と私。

 道路工事にて。


 激したクレーマーの論点は、きまってズレていく。
 まず、激してしまったこと自体、私憤に重心を置いているのだが。
 むろん公憤という言葉もあるにはあるさ。
 んが、
 公心によるならばその憤りは該当者に現場で土下座させて済む性質ではないはずであり。
 溜飲をさげること、あるいはメシウマのみが目的にはならないだろう。
 冷静に公的手続きを経て、異議申し立てをするにちがいない。
 どう少なく見積もっても、現場が雇ったガードマンに怒鳴り散らす事態にはならないとおもふのだ。


 ガードマンが施工を発注したわけでも工事計画を立てているのでもないのだから。


 現場でガードマンに悪態をつき、怒鳴り、恫喝し、場合によってはモノにあたりちらす。
 これらは問題の解決を目的とした言動ではないよね。
 あきらかに重心は私憤に偏っている。
 アイスクリームをねだって泣きじゃくるガキんちょと、姿勢は同じだ。
 欲望を通そうとしているのに過ぎない。
 あれはみんなのためにダダこねてるんじゃないものね。
 そこいくとクレーマーのほとんどは一応成人ではある。
 だもんで彼らはそのダダっぷりを罵りながら自覚し始めるのだろう。
 しれっと重心をワタクシから公へと転換してしまうのだな。
 みんなのため、公共のため、さらに進めてお前らのために言ってんだぞとなる。
 優しさでござると。
 なんなら世界平和のために言ってんだぞと。
 いつか事故がおこるぞ、と。


 さらに収まらないとなると警察と役所に通報する。
 コワイ人やえらい人の名前を出す。
 つまり使えるうしろ盾をほのめかす。
 警察と役所。彼らも所詮は公僕だ。
 根本的には法を犯さない限り納税者に頭があがらない、という方便で食っているからこの場合、少なくとも敵にはならない。と踏んでのこと。
 そして役所は工事関係者にとっての『おかみ』であるからしてひるむだろうと。
 なんなら頭も下げてくる。
 たとえ工事側に非がなくとも、せいぜい「まあまあ」となだめてくるくらいだろうと。
 


 うん。
 安全を本当に第一として工事をするのならば、全面通行止めが正しい。
 やりましょうよ。通行止め。
 あっちもこっちも通行止め。
 なんつったって安全が第一なんだから。
 車もバスも自転車も歩行者もいっさい通せなくすれば、重機や作業との接触や、施工部への第三者侵入による事故は激減する。
 違うかい?
 安全が第一なのだから、渋滞や利便性なんか二の次のはずだ。
 片交なんていう半端な迷惑と半端な安全性でやりくりするくらいなら、どーんと通行止めである。
 けど、それはそれで嫌なんでしょう? あたしたちは。
 安全を第一にせよ、と強いながら迂回や待つことを極端に嫌うわけでしょ?
 苛立つんでしょう?
 怒るんでしょう?
 食事制限も運動もせずに、健康だけは棚ぼた式にいただきたいんでございましょう?




 そういうところにわずかでもうしろめたさがあるうちは、公私というものが存続するのでしょう。
 それが無いお国柄もありますから。
 公心は世界共通ではございませんて。
 ええ。




 ☾☀闇生★☽