縁あって、劇作もする役者さんに自作の戯曲を読ませてもらうことに。
GWとはいえ、今年は夜勤がはいっていて、なかなかゆっくりとは読めなかった。
なんせ戯曲である。
上演台本である。
言葉が声になって、役者が動いてこそのものである。
小説をよむ以上に何倍も想像力をたくましくして、行間を読むわけである。
完成品は、戯曲ではなく舞台の上にある。
ホンには音楽もセットも装置も照明も無い。
演技も無い。
せめてものわきまえとして、音読した。
よなよな奇声を発し、女言葉でつぶやき、ボケてつっこんで、哄笑した。
戯曲の言葉は、音になってこそである。
いや、音を書きとめた、と言い換えた方がいい。
ま、
ともかく、二度音読した次第。
で、
感想をしたためて送信した次第。
表現者にとって、そして作品にとって無視ほどの害悪は無い。
事なかれでかまされるおべんちゃらよりも、たちが悪い。
なので、ずけりと書かせていただいた次第である。
こうしたらよかったのに、という代案まで、ぬけぬけとのたまっておいた次第である。
むろん、上演ではなくあくまでその台本にたいする感想なので、的外れなのだろう。
んが、それはそれだ。
その感想文の完成に半日も費やした。
それが作り手に対する誠意だろうと。
それくらいのカロリーは費やすに値するものでごさったと、上からのたまっておく。
それに対して少しでも反発を感じてくれれば、なおよしと。
まとはずれで、スルーされれば残念なりと。
作品は、語られてこそ。
☾☀闇生☆☽