主導権。

 「エルサに女性の恋人を」、アナ雪ファンの訴え広がる
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 政治的主張はむろんのこと、
 道徳やら啓蒙やら啓発やら運動やらもふくめ、
 その良しあしは別として、
 観客側が主導権をにぎると、表現は死ぬね。
 すくなくとも映画ではなくなる。


 あえて強調しておく、
 あたしゃ「主張の良し悪しや善悪、正邪は別として」言ってる。
 それを目的とすれば途端に作品は表現ではなくなり、ただの伝達になってしまう。


 表現にすりこみとしての効力を期待するのは勝手だろう。
 戦時ともなれば、古今を問わずさんざんやらかしてきた。
 希望通りの展開になってほしいのもわかる。
 でもそういうのは同人誌でやっといてくれないか。
 あたしゃ映画がみたいのだ。
 観客は意外性や新たな価値観を求めている。
 だもんでネタバレを嫌う。
 自覚している願望をかなえてほしいわけではない。
 主張としてのLGBTも反LGBTも右も左もとりあえず置いといて、御馳走になりたい。
 映画は観客の自己実現であってはならないのだ。
 自炊やオーダーメードであっては意味が無い。
 あくまでおまかせの外食。
 それが映画だ。 
 演説や正しき青年の主張が聞きたいのでもない。
 映画がみたいの。
 映画が。





 ☾☀闇生☆☽