まぐろではなく。


 休日の未明スタートの現場につく。
 昼前に帰宅。
 体内時間があんにゃもんにゃなことになってしまっている。
 とりあえず仮眠のために缶チューハイにて「おつかれ」を。
 ぷはーっと昼酒かましつつネットを徘徊す。
 ハンタ連載再開を祝して、仮想千鳥足で仮想徘徊す。
 んで、
 関連動画などをハシゴするうちに、こんなのに出くわしたのだな。


 Live Reaction


 アニメをご覧になっているご自分を、あられもなくアップかましておられるのであーる。
 すげえなと思った。
 観ている自分を観ろというこの、愛すべき図太さ。
 考えてみれば自画撮りで「抜いてるわたしで抜け」というあれもあれだ。
 そーとーなわたくし度ではないか。
 ま、それをいったらゲーム実況なんかは、釣り堀に釣り糸をたらしている人を後ろから見ているようなものであるからして。
 それは古典落語のくすぐりになっているほどおなじみの光景だ。
 そこにまぎれもなく作用しているであろう謎の引力を突きつめればだ、美術も表現芸術も『人をみる』ことから発しており、
 芝居であれ、映画であれ、CGアニメであれ、動物動画であれ、
 あたしたちゃそこに『人』を見たがっているのであり、
 それがたとえ花鳥風月や静物画であったとしても、それらを通して感知してしまうのは作者の技術であり解釈であり感受性・独創性などなど、とどのつまりがニンゲンならではのものにほかならず、それらは直ちにうらがえって観賞する自分に反射して作用すると。
 とどのつまりが自他の『人』を見ているのであーる。



 ここを読むあなたもいま、人をみている。
 


 んなこたどーでもいい。
 ハナシはLive Reactionだ。
 案の定、あたしの場合ハンタ関連に反応してしまうのだな。
 実はあたしゃあまりアニメ版に興味が無い。
 なんでだろう。
 テレビ・アニメ自体に興味がないともいえるのかもしれないが、手に入れたスマホもほったらかしにしているよーな混じり気なしのおっさんであるからして、そこはしょーがない。
 純度100%のおっさんだ。
 しょーもない。
 だもんで、原作は読むがアニメとはいまだ近しい関係性を築けずにいる。
 それもべつにいい。
 ハンタの場合、コミックスを愛読する。
 のまえにぃ、ジャンプに掲載されたぶんは、もれなく切り取ってファイルする。
 おまえ実は読んでねえだろ感まるだしな者までが、つられて指弾する連載時のあの絵の粗さも了解したうえで、読んでいる。


 まあ、いろいろありまさーね。
 あの漫画のばやい。
 物議をかましておりますです。


 でね、
 その動画はハンタのアニメ版を観ている外国人のばかりなんだけど、やっぱリアクションがストレートで面白いんだわあ。
 スレてない。
 いい歳ぶっこいて幼稚園児のように喜怒哀楽をかましやがる。
 作り手が驚かせようとしたところ、感動させようとしたところ、そういうポイントにちゃんとリアクションしてる。
 これは作り手冥利につきるわー。
 ねらったとこ、ぜんぶ反応してるもの。
 イロモネアの観客のような、まぐろじゃないもの。
 それを観て、あらためて原作を新鮮に思い返すことができたこのたびの酔いどれ闇生ちゃんなのであーる。
 で、アニメ化に当たってアニメ用に工夫されたところも浮き彫りになった。
 残酷さや、奇想天外さにこちらが狎れてしまっていたのだと、気がついた。
 あられもなく倦怠期でござった。




 ああ、でもあれだ。
 こいつらと呑んだら、コンビニの缶チューハイですらとびきりのいい酒になりそうだ。




 とりあえず、
 原作で物議をかましかまされたゴンさん化のくだり。
 ↓



 HUNTERxHUNTER Live Reaction Episode 131

 
 

 原作では、絵を省いたネームだけの表現を作者の怠慢と罵る声も目立ったネテロとコムギのくだり。
 アニメ版も動いてねーじゃん。
 てか、音だけのやりとりだからこそなんじゃねーの? ここは。



 
 


 


 号泣する異人たちにつられて号泣する未明。
 そろそろ今日も迷惑メールが始まる時刻。






 ☾☀闇生☆☽