愛と塀は。


 「世界を平和にすることはできないんでしょうか」


 ラジオをつけると、先のフランスでの同時多発テロをうけて、アナウンサーがくりかえしそう問いかけていた。
 その執拗な平和への固執こそが平和をゆるがすのだという、問題の根幹にはまるでまるで気づいていないようだった。
 あるいは、気づきたくないのか。
 平和の概念は、全人類共通ではないだろうに。
 それぞれに違う。
 文化や宗教や思想や歴史や自然環境や、それぞれのなかで長い長い時をかけてそれぞれに育まれてくるものだ。
 それを十把一絡げに丸めて、溶かして、それぞれがてめえにとって都合のいい価値観に押し込めようするから摩擦がおこる。
 あなたが求める平和は、あなた独自のもの。
 いやいや、そんなのみんなおんなじにきまってる。という上からの目線だけが、敵、味方、テロリストを含む個々の共通点なのだと思う。




 たかだか個人レベルの交際でさえ「価値観の相違」とかぬかして争うのが、ニンゲンだ。
 自分たちとは違うものを好み、食べ、信仰し、あるいは何も信仰しない、というだけで、嫌悪し、排斥しようとするのがニンゲンだ。

 


 




 ヘーワ?
 そのヘーワはどこの誰にとってのヘーワかね。
 









 追記。
 まさか、血が流れなければ平和とか言わんよね。
 







 ☾☀闇生☆☽