見・観の極意。


 雨ン中、健康診断を受けてきたのである。
 たしか去年も、
 傘をさしてレントゲン車の列に並んでいた。
 あのだらだらとした待ち時間がいやなので、この度は開始時刻の一時間も前に行ってやったのである。
 そして、このたびも前夜にお酒をいただいているので、数値は芳しくないことになるのであーる。
 談志曰く、
 酒は百薬の長にあらず。
 ニンゲンとは駄目なものだと思い知るためにある、とのこと。
 もちろん朝食は抜いた。
 今朝から水すら飲んでいない。


 安保法案反対デモ、本当の参加者数を本社が試算(産経)


 ようするに戦争を嫌うあまりに『大本営発表』をやらかした、というやつなのですな。
 その気持ちはわかる。
 わかるなあ。
 好き嫌いは、目を曇らせるもの。
 好きも嫌いも、高じると対象を直視できなくなるもの。
 見ない、は妄想をよぶし。
 嫌いの妄想は、恐怖を生む。
 恐怖は暴走をうながす。
 ガンを絶滅したいのなら、ガンから目をそむけてはいけない。
 研究すべきなのだ。
 戦争を本当に本当に避けたいのなら、大学に戦争専門の学部くらい設けるべきなのだ。
 恐怖が暴走しないように。
 健康の継続を切望しても、
 あるいは健康体をじっと眺めていてもガンの解明には至らないように、
 昨日のつづきとしての平和を希望し、いくら駄々をこねても、戦争のない状況というやつの実際は見えてこない。


 ましてや、戦争には必ず相手がある。
 自分だけ気をつけていても……。


 と、つらつら。
 モニターされている同僚の胃から目を逸らし、闇生は順番を待っている。
 素人目にもわかるような影を見てしまうのではないかと、つい目をそむけてしまう。
 これを凝視するのはある意味、陰部を直視するより礼に欠くような気が、した。
 とはいえレントゲンの対象はメーテルではないし、あたしゃ腹に無数の不発弾をかかえるアンタレスでもない。
 リモコンひとつで自在に傾斜させられる台にはりつくのは、おっさんたちだ。
 右向いて、左向いて、息吸って、はい止めて。
 げっぷ我慢ですよお。
 右回りにごろんしてえ。
 そのまま一回転。
 はい、もういっか〜い。
 もういっか〜い。
 若きオペの指先でいいように踊らされているのは、あられもない、おっさんなのである。


 なにかしら不健康の自覚を持つおっさんが健診をサボることは、間々あることで。
 健診で現場を休んだはずの監督が、途中でエクソダスしてきたことがあった。
 普段は無口なくせに、訊かれもしない言い訳をべらべらと演説していた。
 要は、直視したくないのだ。
 びびりなの。
 知らないでいたいの。
 昨日の続きで、いたいの。
 健康のお墨付きはもらえなくても、すくなくとも病気の烙印はまぬがれたぞと。
 人はそれを健康主義とは呼ばない。
























 では平和主義とは、なんだろか。























 






 
 診察後、
 行き当たりばったりに見つけた歌舞伎町の東京チカラ飯で唐揚げカレーを食して帰る。







 ☾☀闇生☆☽
 チベットウイグル……。
 戦争が無い状態がすべて平和とはかぎらない。
 戦争すらできない、戦争以下の状況だって世界にはごろごろしてる。