切に、思うのだ。
 いや、願い、祈る気持ちで以下を書きしたためるに至ったのだが。
 初対面で女の人がよくやらかす、例の質問について。


「わたし幾つに見える?」


 これ、もうやめませんかと。
 こちらの心臓によろしくないですよと。
 なんたらハラスメントと見なして絶滅させようじゃありませんかと、切に切にね。
 あのね、それを周囲に確認したがること自体が、もう若くはないのですよと、自覚しませう。
 なんせ恐いんだな。
 恐いんだっつの。
 「見える?」のあとの、あの妙にきらきらしながら(なんなら上目づかいで髪の毛なんかいじっちゃったりしながら)こちらの一挙手一投足、目線の動きからまゆ毛一本の動きまでを見逃すまいかというサーチング・オーラに、野郎どもは骨の髄までスキャンされてしまうわけであり。
 このとき、多くの野郎どもは、ターミネーターのカメラ・アイに捕捉された一匹の、愚かな野蛮人にほかならない。
 嗚呼、恐い。
 あたしゃ今の勤務先のおツボネさまに、これをかまされたばかりなのであーる。
 おっさんど真ん中であるあたくしが、自分の母親くらいだろうと踏んでいた遥か年上と思しき女性。
 黒メットのごときウィグをかぽんと装着した、白塗りの麻呂状態なのであーる。
 その彼女に先日、昼食のあとの気の緩みをつくように流し眼でこうかまされた。


「幾つに見える?」


 たすけて。
 挙動らないように挙動らないように、と咄嗟に身がまえてしまったのは致し方のないことだろう。
 危機回避のオスの本能だ。
 コンマ何秒という瞬間に、いまわの際で愉しむ走馬灯のために大事にとっておいた予備脳力までを、ぐるんぐるん使った次第なのである。
 それはもう壊れかけの二層式洗濯機の脱水タイムのようだった。
 中身がかたよっちゃって、かたんかたんかたんかたん鳴ってた。
 なんと答えればいったい彼女にとっての正解なのか。
 平和的解決なのか。
 泳ぎたがる目を懸命に押さえつけて。
 笑顔で食いしばって、あくまで麻呂を見詰めつづけた闇生ちゃんなのであった。
 で、
 しどろもどろに捻りだしたあたしの答えがこれだ。


「自分の母親よりは、若い。かなあ……」


 首を傾げ、つぶやくように。
 すると、こちらの苦悩を察したのか奴はするりと話題を変えてきたではないか。
 自分史の告白であった。
 唐突に。
 して延々と。
 何歳で入社して、転属やら移転やら合併やらいろいろあって今に至ると。
 あんな苦労、こんな苦労、たいがいの苦労は経験してきましたと。
 話頭が無事にそれてほっとしていたこちらの虚をついて、ふたたびこれだ。


「ということは、わたしいま○○歳なのよぉん」


 恥じらう笑い声。
 一旦去りかけて、振り返りざまに抜き撃つという卑劣。
 嗚呼、ここでまたあのスキャニングである。
 こっちゃサーチライトに追われて逃げ惑うルパン状態である。
 たとえがいちいち古いのだが、そういうおっさんでもあるのだからゆるされよと。
 ともかく、結局やっぱりあたしの母親と同じじゃねーかよと。
 見たまんまだぞと。
 心ひそかにやりすごそうとしていたら、続けざまにこうきたもんだ。


「お母さん、お幾つ?」


 ああああ。もおおお。こんどはどうする。
 かたんかたんかたんかたん。
 母より若い、と答えた手前、おかあちゃんの年齢つりあげといたほうがいいのか?
 下げといたほうがいいのか?
 いや、逆か?
 どうなんだ?
 どうなんだ?




 エアコンは効いていた。
 効いていたはずなのだ。
 蝉は飽かずに鳴きしきり、
 十三時が永久ほど遠ざかっていく夏の午後……。







 た
 す
 け
 て。


 ☾☀闇生☆☽