あくたがわショー。


 その実、ほとんどの人が芥川賞の役割をしらずにのたまっているわけで。純文学とはなにかも、日ごろ考えたことが無いし、そもそも触れなじんできたことでもない。なので「読んでみないと」などともっともらしいことを言うのだが、行ったことも無く食べたことのないジャンルの料理店をただ「ミシュランに選ばれたから」といった程度の根拠で訪ねてそれを口にしても、星の価値など(少なくとも公に)語れるものではないだろう。おそらくはわかったような気がするだけ。すると、自分にとって面白いかどうか、ワタクシにとってどうか、大衆はそれだけを基準にするしかないのだが、その基準の置き方はひとまずよそさまと市場競争におまかせして賞をもうけようではないか、というところにスタンスを置くことで芥川賞は存在価値を保つのであるからして、意味も無い。苦し紛れに、ギョーカイの盛りたてイベントとしては意義があるみたいなことをのたまっておけば、差し障りが無いといったところだろーか。あのね、売れる小説はその事実でむくわれてるの。賞はおまけ。記念碑だ。売れないけどこれまでにない視点があり、それをささえる新たな技術があり、つまるところそこに文学の可能性をさらに拓いた価値があり、意味があるから埋もれさせちゃあかんよね、というのをプロが名と顔をさらして選ぶところがポイントなのね。たぶん。☾☀闇生☆☽