猛暑日なり。
 風があるのがせめてもの救い。
 真昼。
 エアコンの利いた詰め所は好々爺然とした主任さんがくつろいでおられたので、外に食べにいく態で弁当を持ち出すことにした闇生。
 近くの児童公園へいそいそと。
 いじましくも自他の孤独を、
 してそのたしなみを尊重するのであーる。


 遊具といえそうな遊具が砂場とブランコと鉄棒だけというそんなささやかな一隅。あずまやの庇の下で握り飯とゆで卵をご満悦で頬張っていると、通りすがりのおばあさんが「見っけ」とばかりに頑見してくるではないか。
 接近しては日傘をあげて頑見。
 で接近しては頑見、のテンポでつめてくる。
 あんどぅとろわ。
 あんどぅとろわ。
 ワルツのテンポとみた。 
 いかんいかんいかん、
 他人の孤独を土足で侵してまわるノーボーダー臭が、とてつもないではないか。
 あたしゃその臭いにむせ返る思いで背を向けた次第で。
 ガラケーに没頭してます、と背中で演説をぶったのである。
 没頭ったって、過去のメールを読み返すくらいしか能がない。
 おそらくはそんな退屈な脳みそが透けて見えていたのだろう。


「暑いですね」


 ぶしつけに背後から声をかけられてしまったのであーる。
「ええ、まあ。もお夏ですね」
 ほどほどに受けておくあたしだ。
「あたしね、いつもこの公園でひとりで遊んでんの。ブランコとかして」
 と続けるノーボーダー。
 なんだなんだそのひとりじょーずアピールは。
 しかし思う。
 にしてもおもってしまうのだな。あたくし風情に積極的にコンタクトをとってくる異性は、なぜに老婆ばかしなのかと。
「あたし普段は政治活動で忙しく飛び回ってるからさあ」
 とノーボーダー。
 こちらの『くんなよ』オーラなど、しったこっちゃない。
 逸らしたこちらの目線に顔をねじ込むようにしてアイコンタクトを挑んで来る。
 逸らしても逸らしても捻じ込んでくる。
 鉄壁のガードをピポッドでかわしつつ立ち往生するバスケ選手のごとしであーる。
 だから、そういうのなんで昔からおばあさんばかりなのかと。
 これではあまりに大人気ないと彼女の政治観を傾聴しようとハラを決めてしまったのであった。
「政治活動って、政治家さんなんですか?」
 我ながら無謀な切り返しであると覚ってはいた。
 夏日の昼下がりの誰もいない公園でひとり飯をとっている作業服の中年相手に、草の根運動をするほど政治家たるものヒマであってはならないと思ふ。
 いや、フィールドワークよろしく底辺の声に触れようというのなら、そもそも「絶賛政治活動中」は標榜しまいて。
 隠せ隠せ。
 政治とは他人の嫌がる汚れ仕事であると、恥部であると、恥じて恥じてかしこまれよ。
 すると案の定、彼女は大笑いして、こうのたまうのだった。
「わたしなんかぺえぺえのぺえぺえよ」
 え。
 否定はしねえんだ。
 ぺえぺえを自称するってえことは、ぺえぺえをぺえぺえたらしめている小さくないヒエラルキーに属しているということであり。
 なんなら「先生」を持つということではないか。
 謙遜の態でもって、背後の組織をにおわせる高等技術ではないのか。
 聞けば、毎日あっちの講演こっちの講演と顔を出しては野次ったりしているのだそうな。
 おつかれ。
 野次も大切な役割があるのだそう。
 おつかれ。
 その使命感に燃えたたぎっているのだそうな。
 して、
 自称『ひだり』なのだそうな。
 イエス、ノーボーダー。
 自身が長年支持している政治家が、なぜ世間からもっと支持されないかと嘆き、憤り、その想いあまって『活動』をしているのだという。
 なんでこんなに素晴らしいことをいう人が浮かばれないのかと。
 さながらショーケンの素敵を熱弁するあまり目の前にいるカレの存在さえわすれる『100ワットの恋人』のごとしである。
 はあ。
 いや別にあたしゃカレではないが。
 それを語る彼女の表情は、うっとりとしてました。
 乙女でした。
 してそこまで吐露すると彼女は今度はあたしの素性に興味を持ったらしく、質問攻めをおっぱじめた。
 何の仕事をしているのか。
 何歳か。
 支持する政党は何か。
 政権を任せたい政治家は誰か。
 ずはり右か、左か。
 あたしゃのらりくらとかわしつつ、嘘は言わないように心がけた。
 その「政党への過度の期待」とか「この政治家を信じる」とか「断固否定する」とか「断固支持する」とか「好き」とか「嫌い」というのに固執する態度をこそ、懐疑しているのであるからして。
 あまやかしちゃならんのであーる。
 政党つったってうつろぎゆく個人の集合体だろーに。
 一枚岩じゃあるまいし。
 熱狂はいらない。
 好き嫌いもいらない。
 ワタクシにやさしい言葉もいらない。
 いわゆるショミンカンカクとかいうのに媚びたパフォーマンスも邪魔くさい。
 我々アホがアホのままに熱狂したところで結果は知れているし、アホの好き嫌いにたよった選択肢に未来をあずけたくも無いというもので。
 せめて自分のアホくらい自覚しておこうと。
 とかなんとかいうことを言葉優しくのたまいつついつしか会話に熱が入ってしまっていたらしい。
 ぱあさん「とどのつまり誰を支持すんの?」と「あなたが立候補したらいい」をくり返すのみになってしまった。


 やっちまった。


 運転の「うまい下手」は誰にでも批評できる。
 いいかえれば、野次れる。
 じゃあおまえが運転してみろ、となると別問題だ。
 問題はその野次に共感できるかどうかじゃない。
 あくまで誰が我々をちゃんと運んでくれるか。
 むろんこっちゃ他力でいるばかりじゃなくてね。
 必要とあらばメンテも手伝うし、汗かきますよ。


「で、あなたなんの仕事してんの」
「おいくつ?」


 ああああああ、それ三度目の質問。
 気付けばループ状態。エンドレスな夏の日に陥っているではないか。
 終わらない夏休み。
 恋か。
 ここへきてまさかの恋の始まりか。
 このまま某後援会事務所にでも誘いこまれて、ほだされて、なんか気がついたら街かどで毎日ビラ配っておわるような老後の、その始まりなのか。
 

 あ。
 午後の現場がはじまりますんで。
 とほうほうの態で脱出しておいた。
 去っていくあたしの背中に「お話しできて愉しかった」と叫ぶ彼女。
「こちらこそ」
 と手を振って去るあたし。
 ともかくあの歳で夢中になれるものがあるんだ。元気だねえ。
 とは笑っていられない。
 投票の制限は、下限だけ。
 年齢に上限もなければ、職業も情報収集能力も、判断力も問われない。
 定年も無い。
 これは両刃でね。
 いわば平等は両刃なのだ。
 彼女にも一票。
 こんなあたしにも一票の権利があるのであーる。




 



 嗚呼。
 明日からどこで昼を過ごそっかな。
 
 

 
 
 



 追伸。
 いまや票集めは、老人集めになっている。
 なにかというと集まってくる。
 あれだけ注意をうながしているにもかかわらず、振りこめ詐欺が一向に減らない現状を踏まえれば、そこからなんか見えてくる。









 更に追記。
 といって、別に若さが正しいとも思わない。

 
 




 ☾☀闇生☆☽