隣人の退去、続報。


 明け方、空き部屋となった例の隣室をのぞく。
 すまん。
 ドアが開けっぱなしになっていた。
 もう何年もまえに住む人をなくしたアパートのようだった。
 三和土の壁に立てかけられたビデオデッキ。
 カバーに収納されたままのスキー板。
 同じくゴルフクラブらしきもの。
 バッシュがひと組。
 キッチンには単身用ガスコンロ。そこにのせられたフライパンはこびりつきに黒くコーティングされたままで、割れたドンブリが重ねてある。
 足もとには冷蔵庫とも呼べないサイズのワンボックス・クーラー。
 その上に赤い電子ジャー。
 流しに一本、スミノフの空き瓶。
 風呂を覗くと浴槽と洗い場いっぱいに、衣類を詰め込んだ半透明のゴミ袋。
 ひょっとすると先日騒いでいた女の声は親類かなにかで、これらはその人が片付けたあとなのかもしれない。
 独りごとのはずはないから、彼女に相手は居たはず。
 それが住人本人だったのか、どうか。
 部屋に入る。
 目に入るのは、本ばかり。
 背丈ほども積みあげた本の山がこの角部屋の、窓の無い一隅を独占しており、そのほかの小さな山も含めれば部屋の殆んどが書籍に埋められている。
 哲学書、思想書、文学全集などすべてお固いものばかり。
 ドゥルーズフーコー、カント、フロイトプルースト資本論夢野久作全集、伊藤計劃のハーモニー、幾太郎、朔太郎、ランボー……。
 それとCDの山。
 ライヴ音源らしきことを示した手書きのインデックス付きのCD-R。
 知ったバンド名、アーティスト名はまず皆無。わかったのはマーク・ノップラーくらいだったか。
 ほとんどがパンク系だろうか。
 ただ据え置き型のオーディオ装置らしきものが見当たらない。
 置いてあった形跡も無い。
 開けっぱなしの押入れのなかも本で埋まっていた。
 部屋の真ん中だけ、一畳ほどの剥げた畳のスペースがある。
 そこから蹴り除けられたように丸まった布団が、傍の本の山に投げかけてある。
 その裏返ったマットレスのカバーは破れ、露わになった中のスポンジは酸化して黄色い。
 鴨居から反対の側の鴨居へと物干竿が二本架け渡されて、一方にはハンガーがいくつかとタオルが二枚。
 もう一方には黒い革ジャン。
 CD屋のビニール袋、いくつか。
 中身はこれまたお固い文章の本の全ページコピー。
 本の山に半ばうもれるようにして、小型のブラウン管テレビがあった。
 彼もまた地デジ難民であった。
 そのテレビ台としてオーディオ収納ボックスがあるが、中はぽっかりとスペースが空いている。
 持ちだしたか、あるいは三和土にあったビデオデッキがもともとあった場所なのだろうか。
 CDウォークマン。ヘッドホン。
 郵便物をストックした何かの空き缶。
 外資系保険会社からの控除証明通知。
 近所の歯医者の診察券。
 その裏に記された通院記録。


 この状況からは彼の職業が何なのか、皆目見当がつかない。
 文学部の大学生といった感じだが、そこまでの若さも感じられなかった。
 なぜならゲームの類がいっさい見当たらず、漫画の単行本もなく、意識して探してやっと週刊漫画雑誌が一、二冊目に付いたほど。
 エロ関連のものは、本人存命ならば自分で片づけたか、例の異性の身内が処分したのかもしれないが、まったく痕跡が無い。
 ばかりか画集や写真集といったビジュアル的なジャンルが、これだけ本がありながら、ひとつも見当たらない。
 パソコン関連もない。
 むろんあれば持ち去るだろうが。
 けれどこの生活状況からうかがえる彼の性分からすれば、故障した周辺機器類はそのまま部屋に残留するはずである。
 壊れたマウスなり、キーボードなり、モニターやプリンターなりが。
 CD-Rは、誰かに焼いてもらったのだろうか。


 積まれた哲学書と、荒廃した部屋の状況に彼の孤独を思う。
 ここを本拠地とした数年間は、はたして仕合わせだったのだろうかと。
 むろん余計なお世話だろうが。
 少なくとも異性の出入りしていた気配は微塵もなかった。
 友人らしき出入りも、感じたことが無い。
 俺と同じではないか。
 窓辺に置かれた家庭用ファックスには埃が積もっている。
 何をどことやり取りするために購入したのか。
 おもちゃのように小さな温風機と扇風機。
 接触を極力避けたあの振る舞い。
 仮に彼が自殺したとしても、納得するし。
 また、なにかしらの事件の加害者として罪を犯したとしても、納得できる。そんな部屋。
 確かにモノにあふれてはいる。
 にもかかわらずこの殺伐とした風情はある種、静かな狂気をはらんでいる。
 あるいはその狂気、職業はモノ書きなのではとずっと思っていたのだが。
 あれだけ書籍類があるにもかかわらず、書いた痕跡がひとつもないのはどういうわけだろう。
 それもまた、所持していたかどうかすら定かではないノートパソコンか何かにしたため続けていたのかも知れないが。
 それらしきスペースは、どこにも見当たらなかった。
 ファックスがあってメモやノートが無いというのも、不思議な話ではないか。
 あれだけの知識本があるのだ、論文ぐらいは書いていておかしくないし、それならそのためのノートなり走り書きがあっていいだろう。
 書籍の山はすりガラスの窓をすかして外からも見てとることができた。
 そこに籠るようにして、熱帯夜ですら窓を全開にしなかった彼。
 本と音楽だけ。
 この部屋ではひたすらインプットするだけの生活だったことだろう。
 その孤独は、充実していたのだろうか。
 あれだけの本に囲まれた暮らしというのは、知的生活空間として理想だ。
 しかし蔵書はすべて雑然と積み上げられているばかりで、体系的に整理され、管理されていた気配はまったく無い。
 壁にはミュージシャンやアイドルや映画のポスター類すらも無く、
 カレンダーすら無く、
 人形などのオブジェの類も見当たらない。
 偶像趣向が、欠片も無い。
 唯一、缶コーヒーのおまけについていたミニカーが数個。円柱のパッケージに入ったまま未開封で窓辺に数個。
 それとしゃもじ型の御札がひとつ、鴨居にかかっていただけだった。
 飾り気は微塵も無いが、
 清潔感も無い。
 和式の水洗便器ぜんたいに色濃く染みついた、黄ばみ。
 蔵書を覆っている埃。
 ここには晴耕雨読といった快活で満ち足りた孤独の形跡は、感じられなかった。




 経済的に自立して住む部屋は、その主人の心象風景そのものではないのか。
 いまならパソコンやスマホの中身がそれを示すのだろうが。
 起きて、食べて、出して、寝るという『生きる行為』までが、部屋にはまざまざと遺される。
 ひとりの人間が生きた、というその情報量は、圧倒的だ。




 これだけの知に洗われつづけた意識は、いま何処にあるのだろう。
 生きているのだろうか。
 もういないのだろうか。
 またゼロから収集を始めるのだろうか。
 それとももうインプットには見切りをつけて、まったく別な生活を始めているのだろうか。




 ☾☀闇生☆☽