平田真紀著『弱っていても行ける! 家からすぐの旅 2』手製本







 で、二冊目だ。
 いきなし『2』を買ってしまったが、『1』を買い損ねたので仕方が無い。
 企画展の特設棚を見渡したけれど、見当たらないのである。
 日をあらためれば補充されるのかもしれないし。
 ならば店員に訊けよ、といったところだが、それはやっぱあれだ。
 ツンデレだ。
 ちがうな。
 ツンデレの使い方をまちがってるな。
 いまどきツンデレを得意げに使うなっちゅう話だが。
 そこを押して使ってこそおっさんだろうと。
 使う。
 ツンデレ
 ツンデレ
 どーだ。
 ツンデレ
 ツンデレ
 まあ、いい。
 さておき、
 お目当ての作家のひとりの新作旅本なのであーる。


 前回買ったココマコムーンの新宿一泊旅行もそうだったが、どうしても、旅の飛距離が身近なお方が多い。
 そこはやっぱニヒル牛である。
 そうであってこそ、ニヒルだろう。
 というか旅の技量というやつは、ホテルや飛行機の手配やら、おもしろスポットの探索能力、または語学力やコミュニケーション能力ばかりではなく、時間とカネの制約をどう遊ぶかという、そこにかかっているのであるからして。
 ならば、旅の醍醐味は距離にあるのでは無いと。


 角度だ。


 なにが角度だ。
 思うに、ニヒル牛に引かれる作家とお客は、そこんとこを充分に理解している人種であるからこそ、そういうご近所旅を、なんならお散歩のようなぶらり旅を、そしてその記録を楽しんじゃうんだな。
 距離なんかハナから期待してねえよ。
 遠かろうが近かろうが、角度である。
 にしても、どうだろう、このタイトル。
 さすがは歌人
 その辺の事情と風情を、ずどんと、直球でのたまっておられるではないか。
 しかも親切なことに『弱っていても行ける』といふ。
 てか、こうも堂々と断言されると、かえって旅にでるために弱りたくなっちゃうではないか。


 よわった。


 本はのっけから著者の問題定義からはじまっていた。
 『徒歩5分の宿に泊まるのは「旅」といえるのだろうか?』と。
 そして、「旅を旅たらしめる条件」を彼女はこう定義するのである。


1. 自分の家じゃないところで寝る。
2. 自分の家じゃないところで、朝めしをくう。


 前項であたしゃ「遊び上手はルール作り上手」とのたまった。
 そう、自由は制約の加減にかかっているのであーる。
 となるともうね、まずルール作りから旅を始めようというそのスピリットに、勝因があるよね。
 何に対しての勝ちだかしらんが、少なくとも負けはしない。
 負けずに遊ぶよね。このコは。
 ならば安心、と。
 遊びをゆだねられる。
 安心して読んでいい。


 まず最初の旅。
 題して『東京ドームのちょっと裏 山手線内温泉旅行』とな。
 しかも「週の真ん中に一日だけとった有給でこなす」旅なのであーる。
 ビジネスホテルなのであーる。
 コンビニ調達の夕食なのであーる。
 くり返す。『旅』なのであーる。
 すごいよ。
 楽しむことに貪欲よ〜。
 まとまった休みがとれないから旅行ができない、なんて言い訳をしているあなた。必読です。


 でだ、
 この、日常を非日常的に楽しむ遊びのスピリットは、次なる一編で呆気なく悟りの境地に達するのですな。
 題して『自宅に泊まる旅』。
 『2』にしてもう極めちゃったぞ、おい。
 冒頭に著者自らが掲げた「旅を旅たらしめる条件」を思い出してほしい。
 執拗に「自分の家じゃない」という規定をくり返していた。
 それを自ら否定しにかかるのだから、なんという厳しさか。
 自らがうちたてた戒律に従い、肉食妻帯に背を向け、許嫁を捨てて苦難の旅に出た孤独な修行僧が悟りを経て故郷の女のもとへ帰ってきたような。
 黄色いハンカチひらひらしちゃうような。
 そこにつつましやかな家庭を持つような。
 旅とは「自分の家」なるものからの脱出であると定義しておきながら、自分の家に「泊まる」という感覚に到達するのだから、その境地やいかに。
 妻と浮気する、のココロなのか?
 ココロなのかよ。
 諸君、その感覚をお手軽に味わうための工夫と秘訣がここには列挙されているのだが、それは本編をぜひぜひ読んでいただきたい。
 この女、できるし。
 さながら遊びの修験者なのである。
 かつ荒行だ。
 自宅を自分の家と思い込んでいる、そこのあなた。
 そんなもん、たかだかこの世をやりすごす仮住まいにすぎないではないかと。
 いや、この世こそが仮住まいであり、その仮住まいの仮住まいだろうと。
 そして一切は、旅の道中ではないかと。
 ならば自宅なんてもんは民宿であり、旅館であり、ホテルのたかが布団部屋なのであーる。
 いいえ、そうなのだ。
 手垢にまみれたものじゃない。
 自宅ですら、
「お邪魔しま〜す」
 と客人として宿泊する姿勢こそ、正しいのであーる。


 モノは試しで。
 弱った暁には、どーぞ。




 追記。
 ケービの仕事柄、昼夜の連投が珍しくない。
 この冬も、連投のはざまをマン喫で過ごすことが多々あった。
 むろん仮眠が目的だが。
 あるいは作業車の車中に泊まったり。
 はい。
 はからずも旅の定義「自分の家じゃない」寝床と食事、両方の条件を満たしていたわけ。
 奇遇だね。
 あたしゃ放浪の旅というつもりでやり過ごしておいたよ。


 更に追記。
 自宅に寝起きドッキリレポートとか。
 下着や歯ブラシみっけて、いひひひっと匂い嗅いだりとか。
 いつの日か弱るときが来たら、どーぞ。どーぞ。



 その3へ続く。



 ☾☀闇生☆☽