井上雅彦の『バガボンド』を読みはじめた。
 すでに過去の巻のほとんどがブックオフで108円である。
 なので、見つけるたびに買い集めている次第であーる。
 しかもケービの夜勤明けの朝酌ついでに読むという、まったくもって不届き千万なやつっけかたをしているのであーる。


 んが、


 おもろい。
 んがんが、
 おもろいよお。
 んで、あらためるのだな。本作の原作者としてクレジットされている吉川英治の偉大さを。
 たいがいの日本人が持つ武蔵像というのは、この吉川版の影響力からまぬがれることができないのではないでしょうか*1
 
 この物語のどこが事実でどこが創作なのか、くわしくは研究家にあたるべきだろうが、たとえば又八も、おつうも、沢庵坊も、鎖鎌の梅軒も、vs吉岡70人斬りも、吉川版のオリジナルか、先達からの、あるいは伝えられた講釈などを彼が磨きに磨いて完成させたのではないのだろうか。
 んで、
 そのうえでこの井上の『生み直し』があるのですな。
 ええ。
 ありますとも。
 それは名だたる剣豪(巨人)たちと対決してきた武蔵という巨人との格闘でもあり、また吉川英治という巨人との格闘でもあると。
 そして、作品の大半が剣の道を極めんとする武蔵自身の葛藤と思索であることをふまえれば、必然的に作者は武蔵の思索を想像するかたちで自己との対話をくり返さざるをえず。
 剣の道をゆく武蔵と、表現の道の頂きをめざす自分とを重ねあわせずにはおられないに違いない。
 むう。
 そのあたりをつねに頭のすみっこに置きつつ、たのしんでいる次第であーる。
 ようするに井上雄彦と先達とのあいだで丁々発止で交わされるリスペクトというスタイルの闘い。
 描かれる対話、自問自答、決闘はつねにそんなダブルミーニングであると思われ。


 読み応えは、そこ。


 ところで、井上版の斬新なところはさまざまあるが、特筆すべきはまず小次郎が聾唖であるということではないでしょうか。
 もうひとつの現在進行形の連載作『リアル』同様、井上作品は昨今、身体への障害をもつ者を取りあげることが多い。
 しかしこれをもって『障害への興味』と解釈するのは、あさはかだ。
 厳密にはちがうのね。『身体への興味』にほかならないのであーる。


 障害が、自身の肉体と真摯に向きあうひとつの重大な契機になることは、めずらしくないと思う。


 あるいは自身の肉体と向きあうことから、障害を考えることがはじまるとは言えやしまいか。
 つまりが「おかわいそうに」という、池の鯉にパンくずでも投げあたえるような、外野からの視点からはコトの本質を見誤ると。


 とまあ、ゴタクはさておき。
 闇生はこの『聾唖』という言葉にひっかかった。
 関ヶ原の負け戦で職をうしなった武士たちが、食いぶちを求めて自らの武勇を喧伝し仕官をこころざす時代。
 あったのかね。『聾唖』という言葉は。
 作中で小次郎の名は『聾唖の剣士』として天下に轟いているのである。
 結論をいえば、たぶん『規制』の結果なのだろう。
 当時使われていたであろう『つんぼ』は差別的であると。
 なるほど、現代に『つんぼ』を使うのは気が引ける。
 んが、そこに差別を感じるのはまぎれもなく現代人の感覚だ。
 しかしだからといって当時無かったはずの『聾唖』を使うのは、ねえ。
 いや、作中人物たちに使わせるのは、どうなんだ。


 勝新太郎の『座頭市』では、按摩の市は「めくら」とされている。
 決して「視覚障害者の市」ではない。
 その市は本編中にこんなセリフを吐いてもいたのである。
「『めくら』はゆるせても『どめくら』ってえのは」
 許せねえとか何とか。
 その「ど」に、そして重要なのは前後の脈略に、侮蔑が込められてあるということだ。


 市の忠告も聞かずにどめくらを二度言った三下は、一刀のもとに成敗されちゃいました。


 あたしゃ確認していないが、大河ドラマになった黒田官兵衛は本編中「びっこ」でもなく「ちんば」でもなかったに違いない。
「歩行困難者」?
 なんか漢字まみれで冷たいね。
 さすがに、びっこを復活させろとはおもわん。
 んが、お役所用語っぽくて、部外者扱いのにおいがある。
 仮にこれらの規制を解き放ったとしよう。
 で、その結果エンタメから差別的な概念がひろまってしまうのなら、うん、嘆かわしいわ。
 けれど、あったことを無かったことにしてしまうのってどうなのよ。
 たとえば、昭和を描いた映画なのに、だれもタバコを吸っていないとか。
 いくら創作でもやっちゃいけない線引きってあると思うのだが。


 いやいや、これはあくまで漫画であって、創作であって、宮本武蔵にまつわる逸話自体が『伝説』的で、厳密な史実ではないのだから云々。ファンタジーだから云々。という考えならば、なにも聾唖だなんて排気ガスとコンクリートの感触を持った言葉なんぞ使わずに、造語でやり過ごせばいい。
 たとえば『HUNTER×HUNTER』に登場する盲目の棋士コムギが『アカズ』と呼ばれていたように。
 あれもうまい規制対策だったと思う。




 などと、つらつら。
 考えつつ、読んで、飲んで。
 止まりません。





 今夜も夜勤す。


 ☾☀闇生☆☽

*1:個人的なヴィジュアルイメージは、武蔵は萬屋錦之助が演じたあの風貌とあわせてのもの。又やんはNHK大河の役所公司版武蔵での奥田瑛二