親に顔を見せに帰った。



 




 名のある観光地は、どこも渋滞で。
 一行は地元の海を目指すことにした。







 寺社のわきから松林を抜けると、砂の道がまっすぐに海へとのびる。







 海に面した村で、
 その海岸のほとんどを原子力施設が占めており。
 この砂の道は、そんな施設と施設にはさまれた長細いすき間であり、
 両サイドは金網に隔てられている。
 一般の人が制約なしに訪れることのできる貴重なスポットだ。 







 地元民の多くが、物心がついた頃にここで初日の出を迎えた思い出を持つ。







 砂浜に人影はなく。







 ただ人の痕跡ばかりが、遺されていて。







 父も母も、新しくなっていくものを見せたがり。
 しかしよそ者となって久しい姉とあたしは、
 かつて親しんで、いま失われつつあるものばかりを名残惜しんだ。



 










 赤いのもあります。







 自転車で通った校門の坂道も、
 見上げた桜の木も、
 校舎も、公園も、団地も、
 今ではどれもみんなちょっと小さくなったように感じるのに、
 中学校の校庭ばかりは、
 ただただ、白くだだっ広いだけで。







 家の建て替えに伴って、
 家具や思い出の品々が、整理されていく。
 ふとマッチボックスのコレクションが見つかって。
 はてこれは誰の趣味だったかと、その夜は盛り上がった。







 思えば喫茶店が広告代わりにマッチ箱を配布していた時代というのがあったわけで。







 その後は使い捨てライターにとってかわったのも束の間、
 あれよあれよと嫌煙運動に追いやられ、
 マッチはおろか、
 駅前の個人経営の喫茶店という『文化』までもが、消え行こうとしている。


 さて、あたくしはといえばだ。
 ダンボール三箱程度の小説本くらいしか、心残りは無く。
 眉村卓ジュブナイル小説とか、
 『みゆき』全巻とか、
 はたまた銀色夏生の、あのむせかえるほどに蒼く中二臭い作品群と、
 あとは小中の卒業アルバムくらいだ。


 銀色夏生のは、あまりに眩しくて、
 うっかり初恋などを思い出してしまう恐れもあり、
 しょぼくれた今となってはかなりつらい。
 それもまた良しとするか躊躇ったが、置いてきた。
 眉村卓も、みゆきも、卒業アルバムも、置いてきた。
 持ち帰ったのは佐藤さとるコロボックルシリーズと。
 ライ麦畑でつかまえて
 AKIRA
 細野さんのミニアルバムについていた付録。グロビュールという企画本。(今読み返すと諸星大二郎まで参加している)
 ついに読了できなかった小松左京の『終わりなき流れの果てに』。
 星新一、数冊。




 昼間。
 ふと古い友人の近況を、その近親者から耳にする。
 数年前に待望の子を授かったとは聞いていた。
 しかしある時、一歳と十カ月にして突如として左手に痛みを訴え、
 まもなく意識をなくしてしまったという。
 脳に腫瘍がみつかり、
 緊急に外科的処置が施されたが、自らの意志では動けない身体になってしまったのだと。
 手術の際に神経を切られ、視覚をも失っていた。
 近親者たちは執刀医の過失と信じ、今も彼を呪うが、友人(父親)もその妻も、恨みごとひとつもらさずに事実を受け入れているという。
 けれど、それは当人たちに直接聞いた話ではない。
 だから本当の胸の内はわからない。
 また聞いたところで、胸の内などというものは、当人ですら掴みどころもないはずで。
 ましてや音信の絶えて久しい他者が、強いて訊くべきものでもないだろう。
 ただこれだけは言える。
 夫婦は、この件に関して近親者にひとつも愚痴をこぼしておらず。
 明るく甲斐甲斐しく子の世話をつづけるママは、同情ではなく、周囲に尊敬の念を抱かせている。





 小、中と一緒にサッカーに明けくれた。
 バンドもやった。
 頭が良かった。
 勉強もできた。
 あたしと違って、もてた。
 友だちも多かった。
 上京してからは彼もまた、失恋のときだけあたしを呑みに誘ってくれたのだった。
 そうだ。
 ジョージ・ハリスンとクラプトンが一緒にやったドーム公演に、なかば強引に連れてってくれたっけ。
 彼はいま、あたしを思い出すことがあるのだろうか。
 せめて、それは楽しい思い出であってほしい。









 ☾☀闇生☆☽