壁の言の葉

unlucky hero your key

 ニヒル牛2で『旅の本展』がはじまった。
 おちおちしてるとめぼしいのが売り切れてしまうので、さっそく覗いてきた次第である。
 タイトル通り、ニヒル牛に出品している作家たちが、それぞれの旅行記を手製本にしているわけで。
 コピー用紙のホチキス止めやら、裏紙の糊止めやら、紐綴じやら。
 両面コピーですら少数派で、袋とじ式が目立った。
 といって切り開いても真っ白だけれど。
 フォントもさまざまで。手書きも珍しくなく。
 そんなぶきっちょな手作り感に愛おしさを感じることうけあいな良企画なのであーる。
 立ち読みはもちろん、店内の腰かけでじっくり座り読みもできてしまうからG.W.の充実した暇つぶしにもなっちゃうぞと。





 闇生は今回、ココマコムーン著『ココマコムン人の地球旅行-はやく強制送還されたい!の巻-』と、店主でもある石川ある著『スリランカ昆明本2013.10.23〜10.31』を購入。
 前者はふと開いたページにあったひと言に惚れて、即決である。
 写真の通り手書き本なのである。
 んが、そうした理由として、すぐに不調になるPCと比べて、


「機械より手は長もちしますし」


 とな。
 素晴らしいじゃありませんか。
 たくましいじゃありませんか。
 内容もゆるぎなく。
 何がかは知らんが、それはもうゆるぎなく。
 新宿のホテルで一泊して帰ってくる、という。
 夜っぴて夜景を眺めてくるという、それを代え難い日常脱出。すなわち『旅』とみなして綴っているのだからこのヒト、
 つええわ。
 あとの大半が自宅アパートでのトラブルについてだし。
 近接する畑の耕運機とラジオの騒音と、物件の床の傾斜のトラブルの顛末記だし。
 旅してねえし。
 唐突にページがサイズの違うわら半紙になったり、
 どこもかしこも突っ込みどころ満載で、笑った。
 つええ。
 なんせココマコムン人ですから。
 浮世は所詮、旅すがらであると。
 いずれ必ず、本来いるべきとこへ強制送還されるときがくると。
 繰り返しますがココマコムン人ですから。










 惚れました。




 もう一冊のほう、石川あるの『スリランカ昆明』はまだ読了していない。
 けれど、思った。
 旅好きというのは、世界の愉しみ方を知っている人たちだなと。
 違いを愛で、そして遊ぶ達人たちだ。
 利便性や衛生、安全にばかり神経をとがらせていたのでは、世界は愉しめない。
 なんせ世界の大部分は不便で、ばっちくて、危険だもの。
 その差異を面白がれないしゃっちょこばった神経が、ある種の権力を盾にのさばるから、国際的な不幸を生むのではないのかと。
 国際とは、の交のことでしょ?
 相手を自分色に塗りつぶすばかりが、仕合せなの?
 塗りつぶさせるのが、優しさなの?
 野田秀樹の『赤鬼』にあったセリフだが、自分たちとは違うものを食べる、というだけで人は人を嫌いになれる。
 差異を忌避してばかりいたら、うっかりすると自分以外のすべてをそっくり嫌いになっちまうって。
「馬鹿しかいねえ」と。
 にしてもだ。
 旅好きというのは、時間が無いなら無いなりに、
 お金が無いなら無いなりに、工夫して遊ぶ。
 それは同時に仕合わせのコツではないかと。


 旅上手は、生き上手なのでした。



 余談。
 冒険もののRPGに感じる物足りなさの一つとして、街がある。
 行く街、行く街、同じ価値観、善悪感、同じような文化形態なのが多い。
 すでにグローバル化しきっているの。
 あれじゃ旅している気分にならないよね。


 ☾☀闇生☆☽


 追伸。
 あたしゃかつて十四年間ほど、雇われ店長としてちっぽけな店で店番をしていた。
 毎日、遅番のバイトが来るまでひとりぼっちだ。
 むろん生来の独り好きである。
 しかも大好きな映画のビデオに囲まれた恵まれた日々だったが、その閉塞感たらなかったわけで。
 独りはいいが、出られないという。
 店に穴開けられないという。
 だから想像がつくのね。
 店番も兼ねる石川あるさんの衝動的な『旅欲』に。
 でもね、時間とお金を言い訳にして旅をして来なかったあたくしと、何を置いても旅してやると決行するあるさんの間には、決定的な差があるわけ。
 旅欲に。
 してその欲望の成就歴に。
 ま、いいや。
 これを機に、独り新宿一泊旅行もいいかもしんない。




 さらに追記。
 ココマコ本を読みながら白ワインであえなく酔いつぶれ。
 夜中に起きて原稿のプリントアウトの続きに励む。
 わら半紙、A5、両面印刷は手間暇がかかる。
 わら半紙のA5が見つからなかったのでA4を半分に裁断して使っている。
 ただでさえ詰まりやすい紙なのに、それが拍車をかけるのか、しょっぱいことになってしまった。
 ページは飛ぶし。
 両面自動印刷は断念して、一面ずつ手差しだ。
 いつかニヒル牛に置いてもらえるようなかっちょいい本をつくろう。