★『映画 立川談志 ディレクターズカット』DVDにて

 立川談志の追求した落語論を、その生前の高座とインタビューから端的に紹介しようという試み。
 “業の肯定”は『黄金餅』から。
 “イリュージョン”は『やかん』から。
 そして“江戸の風”を『芝浜』から。
 後者二作は全編ノーカットで収録されている。

 
 結論を言えば『映画 立川談志』と銘打っているにもかかわらず、映画にはなっていなかった。
 人間立川談志は少しも浮き彫りにされず、単に高座と肉声が記録されているにすぎない。
 その意味で貴重ではあるのだ。
 んが、わざわざ“映画”と銘打つのはいかがなものだろう。
 ドキュメンタリーとしても、あまりに物足りなく。
 テレビ番組『情熱大陸』などで、再三にわたって談志の密着ドキュメントは紹介されているので、おそらくは二番煎じ感を避けたのであろうけれど。
 ちなみに言えば「密着取材」のみが、必ずしも取材対象の全貌までもをとらえられるわけではないはずで。
 たとえばビートルズでそれをやろうという場合、そのコンサート映像とインタビューを流すだけで『映画』になるだろうか。
 密着映像のみで、ビートルズそのものが浮かび上がるだろうか。
 むろん、その映像が貴重なものであるならばファンは喜ぶだろう。
 けれど、映画と銘打つ以上は単なるコアな『ファンクラブ通信』の延長で終わってはならないのではないのか。
 極端に言えば、ビートルズを知らない人の胸すらも打つものでなくてはならない。
 リンカーンを映画にするならば、リンカーンを熟知する人だけのためではならない。
 

 立川談志を誰か役者に演じさせるというのも、ひとつの手ではある。
 けれど、どうだろう。
 立川談志に密着しようとするあまり、立川談志の肝心な何かが遠退いている気がする。
 実体そのものではなく、輪郭や背景を重点的に攻める手もあったのではないのかと。
 近親者へのインタビューを中心にするのもあるだろうし。
 師匠小さんとの関係のみに絞ってドラマにするのもいいんじゃないかな。
 あるいは彼に破門にされた人たちの現在と、彼らからの証言で綴るとか。
 群盲象を愛でるよろしく、弟子たちそれぞれから見た、それぞれの談志観をパッチワークのように編むのもいいでしょう。
 談志自身の映像があまりに出回っているので、そういう外堀からのアプローチの方が効果的だと思った次第であーる。


 なにより高座を二作もまるまる収録して、映画でこざい、は無いんじゃないのか?
 どう撮ったって、落語の旨味はとらえられないし。
 生であってこそなんだから。
 ましてや談志そのものなんてねえ。


 



 ☾☀闇生☆☽