『アカデミー賞ショートフィルムプログラム2014』ブリリア・ショートショート・シアター(横浜みなとみらい)にて。


 『最後の農場』2003年 アイスランド 17分
 『ミラクル・フィッシュ』2009年 オーストラリア 18分
 『死の影』2012年 ベルギー 20分
 以上全三作品。






 まず、ショートフィルムにしぼった映画館であるという、そこに惹かれてしまった次第。
 時間と予算と露出機会の制約を、いかに活かすか。
 逆手に取るか。
 否が応にも居合のごとき語り口の鮮やかさが競われる分野なわけで。
 作家たちの知恵とセンスの絞り合いが見所でしょう。
 加えて言えば、一時間で三本。1000円という気軽さである。
 それは少なくとも一時間に三度、三種のアイディアやオチに出逢えるというわけであり。
 それぞれの背景となる文化の違いも愉しめるとなると。
 どうだろう。この安心感。
 長編ならば、仮にハズレを喰らえば、およそ二時間は座席に束縛されなければならんわけで。
 そこへいくと一時間に三本だもの。
 三打数一安打でも、普通は恩の字だろうし。
 たとえ外しても1000円だと諦めもつく。


 で、今回の企画。
 結果から言えば三本とも当たりである。
 予想していた安っぽさも、またそれを取り繕おうとする匂いも、無い。
 画面も重厚で、加えてどれもオチのアイディアが光る見ごたえ十分な作品たちであった。




 『最後の農場』
 海辺の古ぼけた一軒家。
 その庭先で老人がひとり、寡黙に何かを作りつづけている。
 木を運び。伐り。カンナをかけ。
 娘夫婦のすすめで決まった老人ホームへの入居を前に、男は何をしようというのか。


 武骨で頑固な男の相貌。
 家やトラックや家具に、長年の生活が染み込んでいるようで、画面に深みがある。
 絵になるねえ。
 ウイスキーのCMにでも使えそうだ。
 オチのあと、そこから観客は逆算してその経緯に思いをはせることだろう。
 その余韻を味わう時間が、も少し欲しかったな。
 ありがちだが、祈るようなバイオリンのミニマルフレーズが印象的。




 『ミラクル・フィッシュ』
 少年ジョーはこの日八歳の誕生日を迎える。
 ヘビースモーカーの母と二人暮らしで、その家計は貧しく、プレゼントも粗末だ。
 この日もそれをネタにクラスメートにからかわれてしまった。
 保健室に逃れ、みんないなくなってしまえと願うジョー。
 いつしか眠りに落ちてしまい、目覚めると本当に誰もいなくなっている。
 好き放題に落書きをし、購買部のお菓子を存分に味わって一人を謳歌する彼。
 はたして彼の願いがかなったのだろうか。


 こういう『退屈をつぶす』シーンは、アート系映画によく見られる。
 もっとも有名なお手本は『シャイニング』だろう。
 けれどそれを尺的に制限のあるショートフィルムでやるのは、案外と難しいのではないのか。
 時間をかけずに、だらだらとした時間の経過を描くのだから。
 そのだらだらが効いてこそ、一転して訪れるクライマックスの緊張感なのである。
 オチ、鮮やか。
 伏線の回収も明快だ。
 きちんとエンタメの語り口を継承しているところに好感。




 『死の影』
 死んだ元兵士ナタンが主人公。
 彼は生まれ変わるために、死者の影を撮りつづけている。
 人が死ぬその瞬間の影には、死の経緯が記録されており、一万件蒐集すれば生き返りがかなうのだ。
 それまであと二件。
 人の死を探し、それを撮りつづけてきた彼の心境に、ここへきて事件が起きる。


 随所に現われるスチームパンクっぽいメカが、ちゃんとこの世界に馴染んでいた。
 オチも、うまいと思う。
 語り口は違うけれど、星新一的かな。




 以上、三本。
 作品はどれも満足。
 なので構成に欲を言おう。
 三本とも一貫して暗くシリアスな空気だった。
 それだけに、テンポの緩急や情感の起伏を消し合ってしまったかも知れない。





 このプログラムは月末まで。
 いそげよ。
 


 追記。
 ラウンジにはカフェ。
 ワインやビールなどのお酒もあるし、劇場へも持ちこめるよん。



 ☾☀闇生☆☽