壁の言の葉

unlucky hero your key


 現場に現れるなり、ひと言目がこれだった。
「座って五分でカクヘンきちゃってさあ。まいったよ」
 何を言ってんだろか。この人は。
 そう思った。
 思うよね。
 あたしからの「おはようございます」への返しがこれなのだからして。
 なおかつ初対面である。
 それも乗り付けたレッカーの窓から顔を出すなりのひと言目。
 その時点で停止位置も、段取りも何も決まっていやしない。
「もう現場にレッカー入れちゃっていいの?」
 とか、
「ここ〇〇建設の現場?」
 てな具合がたいがいのレッカーのオペさんたちの開口一番のはず。
 瞬間、打ち合わせに出迎えた職人の親方が「これはどうしたもんだか」とばかりに距離をおいたのがわかった。
 それでも作業は始まり、順調に進んで、昼休みを経て午後の作業が開始されることに。
 けれど、例のオペさん戻ってこない。
 現場的に、レッカー作業はしばらく中断という状況だったので、それでも支障はなかったのだが。
 しばらくすると、駅の方からオペさん、ドタドタと走ってくるのではないか。
 して、戻って来るやいなやに、こうだ。
「いやあ、出ちゃって出ちゃって、止まらねえんだもの。アレ、まだ出たはずだけどよお」
 昼飯も食わずにパチ屋にいたというんだな。
 曰く、
 涼しいところ探してたら、あったからよ。で、入った以上は、打たなきゃ失礼だろう?
 現場への失礼はどうなんだ。
 休憩のたびに全員に飲み物をおごり、空いた時間はガードマンでも監督でもつかまえては他愛もない儲け話をしゃべり倒し、待ち時間は職人さんたちの作業を手伝いだしたりして、とにかく、にぎやかな人ではあった。
 腕は確からしく、テンポよく作業は進んで、いつしか西日のなかにいる。
 この日も無事、作業は終了することになる。
 となれば、我々ガードマンはレッカーを現場から安全に出し、見送って終了というのが相場。
 けれどこの日は、違う。
 オペさん。昼の勝ちぶんを換金しなきゃならないから、とレッカーをハザード状態で路傍に停めてパチ屋へと走り去るではないか。
 その背中越しの捨て台詞。
「悪いからガードマンさんあがっちゃって」
 そりゃあがるとも。
 そんなのを待たされちゃかなわない。
 苦笑しつつ、シャツをひるがえして駆けていくオペさんの背中を見送った。





















 なんと胸のすくようなカスっぷりだろう。







 さながら、逃げ去るルパン一味をクラリスと見送る銭形である。


 兄の為。
 と妹夫婦が工面してくれた独立開業資金に手を付けて、
 家賃を滞納し、
 カード破産の負債整理まで手伝ってくれた会社からの給与も、退職金も、前借りしたうえで結局は帰郷してしまった元上司がいる。
 帰郷の転居費用さえも、会社が出した。
 このままだとホームレスになってしまうだろうと経営者に確信されるほどの廃人ぷりで。
 そればかりは後味が悪いからと、絶対に帰郷することを条件に社長はそれを払ったのだった。
 いわば手切れ金である。
 彼を翻弄したのもパチンコだ。
 ワークシェア中の週休4日の状態で、このままでは家賃が払えない、となれば普通ひとは働こうとするものだ。
 バイトだろうが、日雇いだろうが。
 そこが彼らは違う。
 パチンコで取り返そうとする。
 
 

 目くそが鼻くそに何言うか、といったところだろう。
 んが、
 元上司の方は苦々しく忌々しく思い、
 オペさんのが楽しく滑稽に感じるのは、関係の距離感の問題である。
 有体にてえば他人事かどうかということ。
 うん。
 どちらにせよ、少なくとも双方とも風情としてはよろしくないと、この目くそは思うのだ。
 




 ☾☀闇生☆☽