壁の言の葉

unlucky hero your key


 雨なので、
 こりゃ工事は中止になるなとふんでいたら、やっぱりそうなった。
 んが、
 そのままだらだらしてると雨天決行の欠員現場にかりだされることがあるのだ。
 案の定、朝食中にケータイがバイブする。
 ここは電車の中なのである。マナーでなのある。と暗示をかけつつ黙々とかきこんだ納豆ご飯。
 玉ねぎの味噌汁。めかぶ入り。
 ホットミルク。
 繰り返す。電車の中なのである。 
 歯磨きもそこそこに、逃げるようにして家を出た。
 稼ぎは減るが、いまは一日でも休みたい。
 一路、病院へ。
 ここのところ気になっていた症状について、この際だから診てもらおうと。
 朝一でいったせいで待ち時間も無く、そのまま診察室へ通してもらう。
 

 っま。
 別に、気にすることもないでしょう。


 そすか。
 と、肩を落として苦笑い。
 なんか知らんが、すんません、な気分で病院をあとにする。
 休みたいくせにいざ本当に休みとなると時間を持てあます。
 覚えとけ。ぼっちとはそういうもんだぞ。
 いくつかの映画館に立ち寄ってプログラムを確認す。
 これといって、無い。
 何年かぶりにアルタ側の紀伊国屋書店をのぞく。
 すんませんの気持ちでのぞく。
 ああ、やっぱ本屋ってとこは楽しくて。
 目的もなく立ち寄って、あれもこれも買いたくなって。
 amazonは具体的な目的あってのものなのだなあ、としみじみ。
 あそこはクリックしてもクリックしても物と自分のタイマン関係の連続だけど、本屋はその可能性を詰め込んだ立体空間だからさ。他のお客さんや店員、特設コーナーのセンス、匂い、照度も含めての複雑怪奇な情報の塊だからさ。予測不能の連鎖反応がおこるのだろう。まるで興味のないジャンルや著者の作品と、それこそ出会いがしらの恋に落ちたりする。
 なにより、こんなはしゃいだ気分にはならんもんなあ。ネットでは。
 落語コーナーを探しがてらに、なぜかしら写真集も手に取ってしまったり。
 なんか田舎の自然のなかでたくましく育っていく女の子を撮り続けました、なやつ。
 未来ちゃん、とかいうタイトルの。
 いい写真だ。
 欲しい。
 表情がたまらん。
 いまどき、きらきらの鼻水を二本ちゃんと垂らしてるような女の子である。


 そういや、昨夜のコンビニのレジで。
 あたしの前に並んでいた母子。
 泣きじゃる女の子を抱っこしてあげているのだが、泣きやまない。
 ママの肩越しに後ろのあたしを見つめつつ、わあわあ泣いている。
 抱いているママも大したもので、苛立たず、おおらかにしているのだが、女の子の鼻水事情が大変なことになってきて。
 水晶のようにきらきらと、水泡をはらんだブツが堂々と縦に二本。鼻の下を伝って、いままさに上唇にさしかからんとしているではないの。
 女の子もそれが気になってどうにかして拭きたいのだが、左手はママの首を抱いているし。右手はママの腕の下である。そのうえで顎をママの肩に乗せてがっつりと抱きついているから、両腕がママならない。
 もとい、儘ならない。
 さてどうするのかと見ていたら嗚咽と嗚咽の合い間を見図ってぺろん、と舌を出した。
 その赤くてちっちゃな三角の舌で唇の上を左から右へと拭おうと。
 けれどそこで肺活量が切れる。嗚咽の次の波が押し寄せる。
 まだ泣き足りない。
 なので、わああああ、とやって。ひっくひっくしてぺろん。
 で、わあああああ、ひっくひっく、ぺろん。
 たまらんわ、もう。
 吹き出しそうになった。
 そんなあたしの顔を不思議そうにみつめてはまた、ぺろん。
 

 写真集。
 買いたかったが、これ、読むうちにページの綴じ目がきっと剥がれるね。
 見本がすでにそうなっていたし。
 なので、今回は見送ることに。
 なにより、予算も身の程も考えずにほいほい選んでたら大変だ。
 絵本にもいいのがいくつかあったけど、スルーしたよ。
 えらい?








 追記。
 レジでクレームしている初老の男性がいた。
 なんでも、お前の店は受注から支払い受け取りの流れがわるいと。
 その流れを改めなさいとのことらしかった。
 カウンターで希望した商品を店員が棚なり倉庫なりから持ってくる間に、レジを済ませたいとのことだ。
 ううむ。
 あのね、言われた商品をPOS上のデータだけを頼りにしてレジを打つのは避けたほうがいいのよ。
 POS上では在庫あり、でも棚には無かったってことは往々にしてあることだからね。
 それを知っているからこそ、実物を実際に確認するまではレジを打たない。
 返金だなんだってのは、双方にとっても二度手間なのだから。
 ましてやカード支払いやポイントカードや電子マネーなんてケースもあるわけで。
 その返金処理って。どうすんの?
 いや、
 それ以前に思うのは、そもそもクレームするほどのことなのかね、と。
 初老の紳士の言いっぷりは、さながら教育的指導でございました。
 店員さんおつかれっす。
 ひと言も反論せず、やわらかにこうべを垂れ続けて。
 おそれいります。ありがとうございます。
 ついには紳士も気分をなおし、どうだ勉強になっただろ、とばかりに御満悦の笑みで退場へと。


 うん。
 店員さんの勝ちね。
 



 ☾☀闇生☆☽